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臨床精神薬理 4:1557-1573,2001

[ 座 談 会 ]

Paroxetine の経験

平成13年6月29日(金)
赤坂クリニックにて録音

 樋□輝彦(司会 国立精神・神経センター国府台病院)
 貝谷久宣(医療法人 和楽会 心療内科・神経科赤坂クリニック)
 中村純(産業医科大学精神科)
 中込和幸(昭和大学精神科)

 T.うつ病治療における paroxetine の役割

1. Paroxetine の印象

樋ロ 今日はお忙しいところをお集まりいただき、ありがとうございます。わが国で2番目の SSRI として paroxetine (パキシル)が発売されて半年経ちます。Paroxetine はご存じのように、うつ病とパニック障害に適応があります。最近、外国では、強迫性障害、社会不安障害、外傷後ストレス障害などの適応も得られつつあり、非常に幅広い疾患に有効性が確認されています。わが国でも関心が高い薬剤ですので、今日はうつ病、パニック障害はもちろんのこと、それ以外の使用経験もお聞かせいただければと思います。

 まず、うつ病治療で paroxetine を含めて SSRI、SNRI、それから従来の抗うつ薬をわれわれは手にしたわけですが、先生方がお使いになって、従来の抗うつ薬といろいろな意味で比較をされる機会が多いと思いますので、そのあたりからお聞かせ下さい。中村先生、いかがでしょうか。

中村 Paroxetine は、従来の三環系抗うつ薬に比べて副作用が少ないという点は明らかだと思います。同じ SSRI の fluvoxamine に比べても、いわゆる悪心、嘔吐に代表されるようなセロトニン刺激作用も割合少なく、使いやすい薬だというのが実感としてあります。

 効果の発現が早いのかは、私はまだ十分によくわかりません。それともう1つ、たとえば20mg、40mgと濃度を上げれば効果が増すのかどうか、この辺がちょっとわからない。効果がないからといって、大量投与することが良いことかどうかと思っています。

 Fluvoxamine の場合は、やはり悪心・嘔吐を恐れて最初は少量から投与します。実際、10数%、悪心・嘔吐を起こす人がいます。それで mosapride (ガスモチン)を併用しながら服用してもらいますが、1週間投与すればクリアできることがわかりました。一方、特に強迫性障害では相当大量―――200mgとか250mg―――投与しても、ほとんど副作用がない方もおります。

 ところが paroxetine は非常に使いやすい薬ですけれど、それでは40mgが効果的かというとそうではなくて、20mgでも十分効く人もいる。そのあたりが、私自身の経験が少ないものですから、どういう方に paroxetine を使用したらよいのか、まだわかっていないのが現状です。

樋口 うつ病といってもかなり広いですよね。軽症から重症という尺度もあるだろうし、それから若い人から高齢の人までというのもあるだろうし、typical/atypical という分け方もあると思いますが、実際、先生がお使いになられての感触としては、今言ったようなところでどの辺にというのはありますか。それともかなり広く、どういうタイプにもといいますか……。

中村 大学病院では、いろいろな薬が使われた後で来診される、いわゆる遷延性うつ病の方が多いのが現状です。本来なら三環系あるいは四環系を使わないといけない重度の方も多い、そして高齢者、特に女性が多いということがあります。しかし、三環系あるいは四環系はやはり副作用の点で使えないことになるので、SSRI は使いやすいということは確かです。

樋口 中込先生、いかがでしょうか。

中込 私も大学病院ですが、私の施設では単剤治療を重視していますから、paroxetine の用量については十分量である30mg以上、は使おうということで、20mgでしばらく待つということはあまりない。ただうつ病の場合、効果がありそうであればやはり30mg使った方が、20mgよりは良さそうな印象はあります。30mgを40mgにして良かったというのはまだ経験が少ないせいか、そういう感触はありません。

 それから、うつ病のどういう人に使うかについて、今、中村先生がおっしゃったように、何と言っても高齢者に非常に使いやすい。今まで、三環系ないし SNRI などを用いて十分効果をあげられなかった70歳、80歳の方に30mgを使っても特に副作用はなく、良くなった方が何人かいます。そういう意味で非常に使いやすい薬だと思います。

 副作用については、うつ病の患者さんに使った中では、消化器症状は fluvoxamine よりずっと少ない印象があります。ただし眠気を訴える方が fluvoxamine に比べれば多い感じです。眠気に関しては、用量を少なくしても眠いとおっしゃるので、そういう方にはちょっと使いにくい。眠気がどういう方に出るのかについては、まだわかりません。

中村 同感ですね。ですから、むしろ私は、よく夜1回投与処方をします。

樋口 夜に投与する方が良い?

中村 ええ。夕方とか。朝はもう全然、出したことがありません。夜、夕ですね。

樋口 なるほど。 Paroxetine の使い方は本来、そうなっていますよね。治験のときも、最初は朝1回でやっていたのが、途中から切り替わったのは眠気と関係があっての話だったんでしょうね。

中込 半減期は21時間ぐらいですから、やはり夕食後1回と、投与方法はだいたい定型化していますね。

樋口 SSRI の効くタイプについては、外国でいろいろ報告されていて、ある先生の経験では――― paroxetine ではなく fluvoxamine ですが―――どちらかと言えば、昔で言う neurotic depression のような、今で言う dysthymia に近いのかもしれませんけれど、そういう群の方に効くのだと言う人もいます。その辺如何でしょうか。

中込 私の同僚の大坪医師が、fluvoxamine と nortriptyline をシングルブラインドで比較をして、結局、効果はほとんど差がなく、対象数も比較的集まったので各症状について因子分析など行いましたが、特定の症状について違いがあるということは見つかりませんでした。違いが出たのは副作用だけという結果でした。

 Paroxetine の印象としては、私の狭い経験の範囲で言うと、やはり不安・焦燥感のある方には非常に効果があるように感じます。不安・焦燥感がなく意欲低下で引きこもりのような状態が続いている方には、あまり使っていないせいもあるかもしれませんが、それほど効果がなかった例を経験しています。

2. Paroxetine の特徴

樋口 効果の面から、paroxetine の特徴、あるいは SNRI あるいはTCAとの違いについて、副作用以外のいわゆる作用の面でですが、お話いただけますか。

中村 副作用を作用ととるかという問題があると思います。

樋口 やはりそれは感じますか。

中村 不眠に良いということから、積極的に、夜1回投与を考えても良いのかもしれません。

貝谷 それでも、朝、眠気が残る症例がありますね。

中込 そうです。僕の経験だと、眠気を訴える方は夕方に出しているんですけれど、日中まで眠いと言います。確かにうまい具合に眠れる人もいますが、逆になかなか調節がうまくいかなくて、trazodone を睡眠には使わざるを得ないというケースがあります。

樋ロ そういう場合 paroxetine はどうするんですか。

中込 一緒に使います。

中村 眠気が残るんじゃないですか。

中込 その場合は、paroxetine の量を落としてやっています。

樋□ 量を抑えている?

中込 ええ。眠気がちょうど良い具合に睡眠に効く人と、眠気がすごく残ってしまう人と、同じぐらいというか、むしろ副作用として自覚する方がちょっと多いんじゃないかという気がするんです。

貝谷 そうですね。僕もそんな感じを持っています。ちょうどその副作用を主作用にして使える人よりは、やはり副作用として出てしまう人の方が多い。

中込 なかなかコントロールがうまくいかないときがあります。

樋口 それは必ずしも用量の問題ではない?

中込 そうです。

樋口 10mgでも出る人は出る。

中込 すごく個人差があるような気がします。

貝谷 僕はもう、会社が終わったところで飲みなさい、できるだけ早く飲みなさいと言っています。

樋口 夕方の早い時間にね。

貝谷 夕食後だと、結構、遅くなってしまう場合もありますから。

中村 腸管に対する副作用は少なくて眠気の方が強いということは、やはり fluvoxamine に比べると中枢作用が強いということでしょうか。

樋口 力価の問題もあるでしょう。Fluvoxamine の150mgあるいは200mg相当が、paroxetine の40mgぐらいだとするとね。それも考えなければいけないと思います。

中込 ただ薬理的に言うと、paroxetine には抗ヒスタミン作用はほとんどない。ですから、どうして眠気が来るのか非常に不思議なんですけれど……。

樋ロ はい、わかりました。他にうつ病治療について追加があればお願いします。

中込 1つだけ。重症うつ病と軽症うつ病に対する効果の違いについて加えると、1人、最近、私どもの大学病院に人院したpsychotic depression の患者さんで、かなり罪責妄想や被害妄想が著明なため、保護室に入った方がいます。一応、risperidone と paroxetine の併用で治療したところ、paroxetine で抗精神病薬の血中濃度が上がったために副作用が出ましたが、その後、だいぶん良くなった方がいます。当初分裂病を疑って risperidone 単剤でしばらく使っていたのですが、被害妄想というか、気分に調和しない精神病症状は多少緩和されましたが、その他の症状はほとんど変わらなかったのです。

樋口 Risperidone 単独のときにですね。

中込 ええ。約10日後に paroxetine を人れて1週間か2週間ぐらいしてから、全体に抑うつが良くなった方もいますので、必ずしも重症、軽症と先ほどの神経症性というのは当たらないのかなあという気はしているんです。

樋口 重症にもかなり効いて……。

中込 そうです。一般的に精神病性のうつ病が重症だとすると、そういう方にも使えると思いましたけれど……。

樋ロ Risperidone との組み合わせは、うつ病の治療ではなくて強迫性障害の難治のものに有効だという報告が出てきています。だから、確かにこのへんは、これからの研究テーマなのでしょう。

樋□ 輝彦 氏

 U.パニック障害治療と paroxetine

1. パニック発作、予期不安

樋口 今度はパニック障害関連の話になりますが、パニック障害は日本の臨床治験でも非常に有効率が高く、paroxetine の有用性がずいぶん期待されています。実際に今、お使いになって、この辺の感触、これはもう貝谷先生が最もふんだんに症例を持っておられるので、まず貝谷先生に、これまでのところを少しまとめてお話を……。

貝谷 私のところではモノセラピーじゃないんです。私のところの、約束処方というものがあるんですが……。

樋口 「貝谷処方」ですね(笑)。

貝谷 約束処方の1つが、ethyl lofrazepate、sulpiride、paroxetine の併用療法です。

中込 Sulpiride は何mgですか。貝谷 50mgで十分効きます、それで agoraphobia なんかもぐーんと良くなりますからね。

 夜は paroxetine と ethyl lofrazepater

樋口 Paroxetine は何mgですか。

貝谷 最初は10mgです。 に新患40例の経験例を示します。もちろん、ベンゾジアゼピンも入っていますから、予期不安がいちばん早く良くなる。

樋口 予期不安が最初ですね。

貝谷 ええ。予期不安が少なくなる。もちろんパニック発作もほとんど消失します。ただ、初めに、言っておきたいのは、日本の治験データによれば、パニック発作を paroxetine だけで治療すると、発作が50%になるのに約30日かかります。

中村 やはり時間がかかるということですね。

貝谷 Paroxetine でモノセラピーをやっていたら患者さんが来なくなりますからね。もう、次に来たときは「ああ、先生。もう全然、発作は起きません」という状態をつくらないといけない。ですから ethyl lofrazepate などを併用するということです。効果発現に30日というのは大学病院だと待っていられるけれど……。

中村 いや、そんなことはありませんよ。

中込 大学病院でも、パニックに関してはそんなに待てないですね。パニック発作は相当つらいです。

2. パニック発作治療の具体例

貝谷  は私どものクリニックにおける paroxetine の使用経験です。きちんと要素的に分析したデータではなく、Global Assessment Scale (Endicott et al,1976)で評価した臨床的なラフな印象にすぎないことをお断りしておきます。

 初診のパニック障害患者38名に初めて paroxetine を使用しました。治療中のパニック障害患者34例は何らかの理由で他の抗うつ薬から paroxetine に置き換えた変更群です。初診患者では2〜4週間後には95%以上の患者が何らかの改善を示しています。すでに治療を始めている患者のうち、他の SSRI から paroxetine に置き換えた患者では25%に改善が見られ、中断した症例は8.3%でした。一方、SSRI 以外の抗うつ薬から paroxetine に置き換えた症例では改善率はもう少し良くて35%でしたが、中断した割合も高く18%でした。これはある SSRI をすでに服用している人は他の SSRI にも忍容性がよいことを意味しています。

樋口 変更群というのはみんな fluvoxamine が先に人っているのですか。

貝谷 Fluvoxamine から変更した患者群もありますし、その他の抗うつ薬を使用していたグループもあります。

樋口 薬剤変更群も、やはり同じように ethyl lofrazepate と組み合わせている、sulpiride と組み合わせているというのもほぼ同じ?

貝谷 そうです。すべて抗不安薬との併用です。 をご覧ください。私どもは paroxetine を投与する患者さんに「この薬は飲み始めたときだけに吐き気が出ることがあるので胃薬を出しておきます。もし、胃腸の調子が何ともなかったら途中でやめてもよいですよ」と説明し mosapride や teprenone を処方するケースがあります。その結果をまとめたのが です。このデータで見る限りは mosapride や teprenone といった胃薬が胃部不快感に効果があるかはまだはっきりしません。ただ、これは社会不安障害の患者のような副作用が出る確率が少ない人にははじめから胃薬は併用しませんからバイアスのかかったデータです。

樋ロ これはだから、mosapride や teprenone が本当に有効なのかどうかというところは、きちんとしたエビデンスはありませんよね。

貝谷 もうちょっと、きちんとしたデータを出さなければいけない。

中村 私たちの、いつも同じようなやり方での研究の結果、5-HIAA (セロトニン代謝産物)を測ると、やはり高い人に吐気が出たというデータは持っています。

貝谷 それは血中ですか。

中村 血漿中の5-HIAAを見ると、fluvoxamine を投与した後 5-HIAA が高い人の方が結果的に悪心・嘔吐が多かったというデータはあります。

樋口 それが mosapride や teprenone で……。

中村 はい。1週間だけ私たちの場合 mosapride を投与すると胃腸障害が抑えられます。

貝谷 このデータは2週間または4週間投与した結果です。

樋口 これは2週と4週と混ぜてあるんですね。

貝谷 そうです。次の図を見てください。Paroxetine の効果を初診患者でもう少し要素別に見ました。初診患者でGASの点数を引き上げたのはパニック発作 と不安症状 および非発作性不定愁訴 の減少です。広場恐怖 や抑うつ症状 は2〜4週間の治療では有意の変化が見られるほどは改善しませんでした。しかし、paroxetine は1ヵ月以上投与しますと確実に広場恐怖を改善しますよ。この paroxetine の広場恐怖に対する効果は多くの症例で今までのどの薬剤よりも優れているという印象が強いですね。

樋ロ これは、どれぐらいの用量を使っているんですか。

貝谷 だいたいパニックは10mg、20mgとかで、不安うつ病がある場合は40mgまで行きますけれど。

中込 Fluvoxamine は何mgぐらいですか。

貝谷 Fluvoxamine もせいぜい50mgまで。ですから、これでいくと fluvoxamine が50mg、paroxetine が10mgぐらいでしょうか、臨床的には。そんな感じがします。

中込 Fluvoxamine を増やすよりも、50mgにして paroxetine を加えた方が効くという……?

貝谷 いえ、そういうわけじゃなくて、患者が何かで見てきて、paroxetine を飲ませろと言うんです。そういう人が結構います。変更したのは、そんなには変わらないんじゃないかなあと思いますが……。

中村 先生の印象ではそうすると fluvoxamine と paroxetine では、あまり効果は変わらないということでしょうか。

貝谷 ただ、やはり paroxetine は良く切れるような気はしますね。特に、僕は paroxetine のパニック障害に対する最も著明な効果はここに示すことはできませんでしたが、agoraphobia だと考えています。

  はパニック障害以外に社会不安障害や強迫性障害、大うつ病などの症例を含めた約99例において観察された paroxetine の副作用頻度です。やはり眠気の副作用が圧倒的に多い。これは患者さんが自分から訴えた副作用だけをまとめたものです。こちらから積極的に副作用の各症状の有無を聞いたわけではありません。本邦でなされたうつ病に対する paroxetine の治験では対照薬の trazodone の方が眠気の副作用出現率は高かったですね。

中込 そうですね。

貝谷 30%ぐらい……。

中村 Trazodone より高いんですか。

中込 いや、trazodone の方が高いです。ただ、実質的には同じぐらいだったと思います。

貝谷 あと胃腸障害も食欲不振、吐き気、腹部不快感。やはり圧倒的に病気によって副作用の発現率が違うんじゃないか、と。うつ病よりパニックの方が出やすいし、社会不安障害はいちばん出にくいと思います。

樋口 うつ病に比べても出にくい?

貝谷 ええ。もう、社会不安障害は初めから胃薬も何も出しません。全然出しません。

中村 うつ病よりもパニックの方が副作用は出やすいんですか。

貝谷 明らかに出やすい。それから純粋なパニック障害ですと、用量も少しですみます。

中村 本当に症例が多いので驚いています。

貝谷 いやいや、まだこれは一部ですから。

中村 純 氏

3. うつ病が先か、パニックが先か

中村 それにしても、私の経験だと、大学病院といっても田舎ですけれど、うつ病で人院される方が圧倒的に多い。むしろ、よく教科書に書いてあるパニックによって起こったニ次性うつ病よりも、うつ病のあとにパニックを経験する方が実は多いんです。

貝谷 そのパニック発作はただの発作だけなのか。僕はうつ病とのいちばんのポイントはパニック発作に対する予期不安が強いかどうかだと考えています。ですから、そういうタイプは多分、ただのパニック発作で……。

中村 パニック障害に対する私の認識が不十分かも知れません。

貝谷 うつ症状としてのパニック発作というのは結構、うつの発症前にも途中でもあとでも起きると思います。

中村 今日診た50歳の女性は、うつは治りましたが、落ち着かないことだけが治らない。イライラ感とか不安感だけが止まらないと訴えられました。

樋口 いわゆるパニック発作みたいになって出てくるんですか。

中村 ええ、そのように見えました。貝谷先生が ethyl lofrazepate を使われていると聞いて、今日、偶然ですけれど、初めは alprazolam を投与していたのですが、頻回に服用しないと困るという。それで私も12時間もつからと ethyl lofrazepate に変えたら良くなって落ち着いてこられました。

貝谷 九州は ethyl lofrazepate を使う方が多いですね。

中込 私も使います。やはり alprazolam は半減期が短いですから。

中村 半減期が短いから、それで、ますます落ち着かなくなる。だから、私が経験したパニック発作というのは、ベンゾジアゼピンの離脱も含まれて起こっているのかもしれない。

貝谷 でもやはり、うつの前に発作がポンポン出てくるのが圧倒的に多いと思いますね。

中村 そう思います。ただ、私自身のいわゆるパニックに対する認識というか勉強が足りないのと、患者さんも自分はうつだという認識で来られるということがあります。

貝谷 じゃあ、それはやっぱりうつなんじゃないでしょうかね。

樋ロ パニックとうつの関係として、中村先生の話はおそらくパニック障害があって、そして二次的に抑うつ的になっている、と。ニ次的と言って良いかどうかわかりませんが……。

4. パニックとうつの併存

貝谷 僕はニ次的とは言わない。パニックとうつが併存するひとつの病気、ひとつの疾患単位だと思っています。

樋ロ そのときに、治療の時間経過としてはどういうふうに改善していくんですか。パニック発作、予期不安、抑うつ、agoraphobla とあるわけですよね。

貝谷 詳細に調べると、うつが最初に出てくる。軽くうつが先行する。そしてパニック障害という病像が明らかになり、もちろん agoraphobia の強いのが多い。それでパニック発作がおさまるとうつになってしまう。うつが良くなるとまた発作が出る。そういうふうに、シーソーをやるんです。

中村 先ほど私が話した患者さんはまさにそんな感じです。まず、うつがあって、今残っている症状がいわゆるパニックです。臨床的に見てもうつという感じはしない。すごく元気で、際立った服装をしている。意気消沈という感じは微塵も見られない。しかし落ち着かなくて、「先生、どうにかしてください」という感じの方です。

樋口 うつが治ってくると同時に、発作がまた出てくる?

貝谷 ただ、発作が出るけれども、それは頻繁ではない。ポコッとゲリラ的に出て……。

樋口 最初はうつがあって、それからパニック障害が出てきて、それでうつになって、治療を始めているとどうなるのでしょう。

貝谷 ですからそれは、パニック障害の治療をしていても、すごいうつが来ます。

樋ロ ああ、途中で来ることがありますよね。

中込 ちょっと思いついた患者さんがいます。その方の、ポンと出る軽いパニックというか短時間のパニック、これはたとえば女性の場合、排卵期や生理前との関係はないんでしょうか。

貝谷 あるかもしれません。ただ、生理前はみんな悪くなると言うけれど、発作を起こすのは少ない。気分が悪くなると言いますね。

中込 僕の経験した例では、克明に発作が起きた日時を記録していくと、ちょうど生理と生理の間の真ん中あたりに来るんです。それで、どうもこの日は危いと患者さんもわかるんですけれど……。

貝谷 月経前のパニック発作を調べた論文が2つあります。しかし2つともネガティブです。

中込 ああ、ごめんなさい。私のケースは排卵期です。ちょうど排卵期だったんですね。それもきっかけとかがなくて、たとえば極端に言うと、夜、布団に人ったときに急に動悸がしてとか、すごく不安感を覚えるという、そういう感じ。

貝谷 うつが良くなるときにはまたパニック発作が出現します。それはもう、お決まりです。だいたいがそうです。僕は患者さんに「良くなる兆候だよ」と言っています。「もうちょっとすると病気がなくなるよ」と。そんな感じがしています。

樋口 そうすると、それは貝谷先生から見ると、うつとパニックとは別個な1群がある、と?

貝谷 はい。

樋口 その人の臨床的な特徴を、もう少し語っていただけますか。病前性格とか女性が多いとか。

貝谷 女性が多い。病前性格はクラス委員になるような人。非常に気づかいがあって、人の面倒見が良い。

樋口 人を引っ張る、リーダーシップがとれる人……。

貝谷 だから、うつ病の Typus melancholicus とはちょっと違うかもしれない。要するに気が小さいというか、気が細やかで、人の面倒を一生懸命に見る。それが病気になると、他では典型的な borderline と診断される。この人をなんで、こんな病前性格の人を borderline に入れなければいけないのか、と。

樋口 そういうふうに変化するわけですか。

中込 前に先生が本に書かれていた、いろんな過食やら何やらが出てくる、ああいう多彩な症状の……。

貝谷 そうです。若い女性で。

中村 先ほど、最初にうつが起こると言われましたよね。

貝谷 軽くです。

中村 それはうつ病ではない?

貝谷 うつ病と診断しても良いかもしれませんが、医者には行かない、ごく軽い状態です。

樋口 そのときはまだ、borderline 的なキャラクターは出てこないんですか。

貝谷 全然ありません。

中込 それは borderline と言えるんでしょうか。

貝谷 他の人は、言っているんじゃないでしょうか。というのは、人によってはすごく性格変化を起こしちゃうと思うんですよね。

中込 たとえば、それこそ気分変調性障害あるいは気分循環症とかで、かなり不安定な情動で、一見すると borderline のようだけれども、mood stabilizer なり何なりで落ち着く、そういう borderline 的な部分がすーっとなくなる方がいらっしゃいませんか。

貝谷 完璧にはなくならない。残りますね。

樋ロ 良くなってからもですか。

貝谷 ええ。だから僕は、パニック性人格変化だと言っていますけれど。

樋口 そうすると、比較的若いんですね。

貝谷 若いです。若いほど出ます。

樋口 年をとってからの人はあまりないですよね。

貝谷 せいぜい30代、40代はない。

中込 解離症状が出ることもありますか。

貝谷 人によってはあります。

中込 たまに、手に傷をつけたりとか……。

貝谷 いっぱいあります。

樋口 それだけ見ると、まさに borderline ですね。

中込 そうですね。それは先生から見て borderline とは違うと……。

貝谷 いや、だから病前性格を聞くとみんないい子ですから。

中込 ああ、そういうことですか。

中村 やはり病前性格と違った病態が起こっていると考えるわけですね。

中込 それは性格に変化があるということですね。

貝谷 一過性かどうかはわからないけれど、性格が変わっていくわけです。それと、うつは不安・焦燥が主症状ですね。

中込 そういう方への、先生の治療の示唆は何かございますか。

貝谷 非常に不安・焦燥が強いですから、paroxetine だけではだめです。Levomepromazine……。

中込 そういう方に、mood stabilizer のたとえば valproate とかは……。

貝谷 もちろん使っていますが、特効作用はないです。

樋ロ これは逆に、borderline と皆さんが診断している中の一部にパニックがあって、治療的には非常に治療をしやすい1群であるということですか。

貝谷 治療しやすくはないですよ。治療的にはもう levomepromazine をいかに上手にたくさん飲ませるかです。みんなすぐにやめますから。それは抗うつ作用もある。

樋口 SSRI はどうなのでしょう?

貝谷 Paroxetine と levomepromazine を一緒に飲ませると非常に良い。

中込 先生が鑑別されているのは、もともとは非常にそういう偏った性格傾向がない、非常に良い性格だったという点ですか。

貝谷 そうです。非常に良い子だった。だから家族も、「どうしてうちの子がこんなに変わっちゃったんだろう」と嘆きます。もう1つは、このあいだ、50人くらい集めて患者家族の病気の理解のために「患者の気持ち、家族の気持ち」という教育講義をやりました。それは効果的でした。要するに患者さんの家族というのは、「こういう子になっちゃった」と思って、病気とは思わない。それを、これは病気であって、こういう症状はみんな共通的にあるんだよと話すと、それでみんな良くなるんです。というのは、家族の対応が変わることによってすごく変わる。患者さんもそれで、家族に対して自分をやっと認めてもらえた、と。だからこの家族教育のシリーズを今、やっているんです。

樋口 貝谷先生の今の報告は非常に興味深くうかがいましたが、他のおニ方の先生には、日頃、パニック障害の治療をやっておられて、どうでしょうか。この paroxetine、あるいは SSRI、それからいろいろな薬との組み合わせも含めてお話しいただけますか。

中込 基本的にパニックは大変な症状だということはわかるので、私個人では paroxetine 単剤で治療を始めたことはありません。ただ、minor を併用しながらなるべく減らしていこうと努力している患者さんは何人かいるのですが、基本的には minor の抜けた人がまだ1人もいない。ちょっと残る。量は減りますが、最後は残ります。

樋口 主に何が原因ですか。予期不安とか?

中込 ええ。最終的に予期不安があって、さらにやはり依存性がある程度、形成されているのではないかと思います。だけど、量は非常に少ないので、われわれから見るとそれだけの minor で抑えられるのかしら、というぐらいの量ですが、完全には抜けない。そういう患者さんは何人かいます。

貝谷 ただ、僕の、まったくエビデンスも何もない考えですが、外人が SSRI だけでやるのはベンゾジアゼピンを飲ませていると、離脱があるとかないとかいうのではなくて、ひょっとしたら、anger attackや何かが多くなる可能性があるからかもしれません。

中込 ああ、脱抑制がかかって?

貝谷 はい。ベンゾジアゼピンによる脱抑制です。特に clonazepam なんかはすごくありますから。

中村 半減期が短いものほど、それがあると思います。ですから、先生が先ほど言われた ethyl lofrazepate は非常に良いと思います。

中込 量はやはり増えると、先ほどの borderline じゃないですけれど、やっぱり borderline とか解離性障害の患者さんがベンゾジアゼピンを高用量服用すると行動化が顕著になることがありますよね。しかし、実際には少量のベンゾジアゼピンと paroxetine の併用で安定していれば、それ以上ベンゾジアゼピンを減らしてというのは……。

樋口 あえて減らす必要はないということですね。

中村 同感です。それで1錠、いつもポケットに人れておいて、何かあったら飲みなさいと言って、ご本人が安心されていれば、それがいちばん良いと考えています。

樋口 やはり、ひとつは予期不安に対することと、それから結構、attack がまだあるときに、先生が言われたように minor を持って歩いて、そうなったときに飲むというのは合理的であるということですか。

中村 そのようなときに服用するのは paroxetine ではないと思います。

樋口 Paroxetine を飲んで、その場で安心できるというか発作が治まるというのは、それはないですよね。

中村 ないと思います。基本的なレベルを一応維持するのにはやはりベンゾジアゼピンが必要と思います。

樋口 そうですよね。そういう意味ではやはりベンゾジアゼピンとの組み合わせというのはリーズナブルなんでしょうね。

中村 臨床的にはそうですね。

樋口 これはきっと、海外では批判されるんでしょうけれど。

貝谷 いえ、それは割合と肯定的です。

樋口 そうですか。

中込 もう1つ個人的な経験では、パニックのそんなに重くない人だと思いますが、やはり sulpiride と minor の組み合わせが有効な方が結構いました。どうしても sulpiride は無月経あるいは肥満などの問題があるので、やはりこれは抜きたいと思って、これまでいろいろな薬と置き換えても、不思議なもので他の薬は全然だめでした。しかし最近、paroxetine に置き換えができた人が1人か2人います。

樋口 中村先生は今のパニック障害について何か追加のご経験等はありますか。

中村 最初に申し上げたように、やはりうつ病のあとにちょっと残っているという方ですね。まあ、貝谷先生から言わせると、それは本当のパニックではないという症例となるかも知れません。

樋ロ そのときには先生はどうやってらっしゃるんですか、使い方としては。うつ病の治療は抗うつ薬でやってきて……。

中村 やはりベンゾジアゼピンを加えます。

樋ロ 当然、paroxetine で最初から抗うつ作用を狙ってという使い方をするわけですよね。

中村 そうです。しかし、非常に焦燥感とか不安が強いときには、やはりベンゾジアゼピンを使うのはやむを得ないですね。

樋口 それはそうでしょうね。

中村 その後、木当に効果があって、不安も取れてきたときには外せるのかなあと思っています。外すときにはやはり半減期の長い薬の方が外しやすいだろうと考えて、ベンゾジアゼピンの中でも ethyl lofrazepate が良いのかも知れません。

貝谷 今の先生のお話で、昔、鳥取の岸本先生のグループが、うつ病のパニック発作が前に出るのとあとに出るのとで分けて、確かあとに出るほうが悪いと言っていましたね。

樋口 そういう報告がありました。

貝谷 まあ、僕はあんまり実感はしませんけれどね。

中村 ただ、いろんな教科書を見ると、やはりパニック発作後のうつというのがー般的ですよね。だから、まだ、見逃しているのかも知れません。

中込 しかし、貝谷先生がおっしゃったように、やはりよく聞くのは、パニックの前に少しテンションが下がっているというのはあると思いますけれどね。

貝谷 僕はやはり、paroxetine の最大の効果は agoraphobia だと思います、絶対に。だから、imipramine から fluvoxamine になったときに、すごく効くなあと思いました。Imipramineが効かないわけじゃないんですけれど。しかし、paroxetine はもっと効くなあという感じですね。

樋口 それは agoraphobia に関してですか。

貝谷 はい。だから、agoraphobia には paroxetine というか、抗うつ薬のパニックでの効果はやはり agoraphobia ですね。

樋口 なるほど、ありがとうございました。

中込 和幸 氏

 V. 他の疾患への使用経験と可能性

1. 強迫性障害

樋ロ 強迫性障害を含めてその他の疾患あるいはこれに囚われず、もっと、こういう疾患に効いたというご経験があれば……。

中村 強迫性障害に試みています。大企業に勤務している人で、3ヵ月休職されてから復職しました。最初 fluvoxamine を200mg与薬して、すごく良くなった。ところが、躁転したと思われたので減量しました。そうしたら、恐怖症も含めて同じような強迫症状が出てきました。

樋ロ 躁状態が出てくるというのは、もともと何かあったんですか。

中村 いえ、もう全然なかったのです。40歳の男性で結婚もしていないし、初診時、表情からは分裂病に近いような人ではないかと思えました。しかし、良くなったらすごく快調で、10年分を取り戻すという感じで行動も活発になり、こんなに元気になったのは初めてだと言われました。ただいったん悪くなって、同じように fluvoxamine を投与しても、うまくいかない。それで本人から「新しい薬を使って下さい」と申し出られ、paroxetine を40mg投与して、少しずつ良くなっています。私は薬理学的にも効果があってしかるべしと思っています。その方は、たとえば何かのきっかけでしょうけれど、水銀か何かがかかったら失明するのではないかとか、最近は、悪くなると喘息の症状も少し悪くなる。喘息の薬の中に乾燥剤シリカゲルが人っているそうで、自分が触ると失明するのではないか、と。あとは手洗強迫があって、人浴時間が長くなったりします。いわゆる、異常体験は全然ない方です。自分でも馬鹿げているということはわかっている。最近は、母親から、少しずつベッドから離れて動きだしたと言われました。

樋口 今は40mgですか。

中村 そうです。かなり良くなっています。以前より良くなったという実感を本人は持っています。だから、それを強調しながら、精神療法としては必ず治るということを話しながら治療しています。

樋ロ さっきの躁状態はもう、その後なくなったんですか。

中村 はい、ドーンと落ち込んでしまった。それと同時に、また強迫症状が出てきたんです。

樋口 それで今は、落ち込みは少し回復して……。

中村 うつ状態は良くなってきていますし、強迫症状も良くなっています。

樋ロ そうすると基本には何か、気分障害みたいなものがあるんですか。

中村 いやあ。最初、そういう気分障害は全然ないとみていました。もちろん引きこもりみたいなことを起こしていますし、手洗い時間が長くなるとか、対人関係が全然できなくなるわけです。それで自分から3ヵ月間休職するということで、診断書を書いたんです。現在、時間との戦いみたいなところがあります。

樋ロ なるほど。ですから、抗強迫作用というのは、相当、期待されているわけですよね。中込先生は何かありますか。

中込 強迫性障害に paroxetine を試した経験はなくて fluvoxamine だけなんです。

樋口 他の、社会不安障害とか PTSD は如何ですか。

中込 社会不安障害はありませんが、PTSD に関して、併用だったので何とも言えないのですが、paroxetine を用いても変わらなかった症例は経験しています。ただ、お聞きしたいのは fluvoxamine などは、結局、強迫性障害に十分効くためには150mgでは足りないことが結構あって……。

樋口 外国は300mgまで使っていますね。

貝谷 私も使っています。今の強迫でひとつ申し上げます。30歳の女性で、平成ll年の1月から通っています。行動療法と僕の薬物療法と合わせて強力に治療しています。処方は、一時、去年の12月中頃で risperidone 1mg、tandospirone 60mg、ethyl lofrazepate 3mg、biperiden 6錠、fluvoxamine 300mg、milnacipran 100mgと。

貝谷 久宣 氏

樋ロ カクテルですね(笑)。

貝谷 この方、水がだめで、コップなども水滴がついていると触れない。水が怖い。水の不潔症です。それでエイズが怖いと、途中で離婚しています。お母さんが社長の会社で、お婿さんがうまくできなくてガタガタしてうつになっていく。離婚して約1年、去年の1月から paroxetine 20mgをさらに人れました。そして fluvoxamine はちょっと落として、paroxetine を20mgのままずっと行ったんですね。それを1月からやって、5月ぐらいからさーっと良くなっていきました。これは paroxetine が効いていると思います。 ただ、時間が3〜4ヵ月かかっている。一時、軽い軽躁状態になりましたが、今は完壁に症状なしです。これは paroxetine が効いたなあ、と。ただ、効くのに4ヵ月ぐらいかかりますね。

樋ロ 時間はかかります、確かに。

貝谷 かなり長いこと投与しないと、効いたか効かないか判定するのは難しい。

中込 Fluvoxamine の量を考えると、paroxetine も40mg以上必要なのかと思っていたんですけれど、今、お話を聞いたら20mgとか40mgで良くなるケースもあるということですね。

2. 社会不安障害への適用

樋口 社会不安障害は日本でもこれから臨床治験が予定されていて、諸外国において paroxetine はすでに有効性が確認されつつありますが、日本では初めての社会不安障害そのものに対しての薬物療法であって、これは今まで確立されていないわけですから、paroxetine の有効性が確認されれば、これはまた、パニック障害に続く、ひとつの大きな進歩になるだろうと思います。そのへんは、これから楽しみにしているところです。

貝谷 社会不安障害にはたいへんよく効くと思います。30例以上L経験していますが、やはり、ベンゾジアゼピンももちろんよく効きます。Clonazepam も。それから sulpiride。しかし、 paroxetine は自然に効く感じです。それからやはり社会不安障害の中でもインテリに良いんですよ。自分を客観的に観察できる人です。ただ、人前で喋れないのがどうのこうのというだけじゃなくて、常時、自分を見ている人たちには非常に良い。だからそういう点で、僕は他の薬よりも深いところに作用して効いてくれる薬だと思っています。もちろん、paroxetine だけでモノセラピーすることは少ないんですが、人によってはこれだけで良いといって飲む人がいます。そういう点でこれから楽しみです。

樋ロ わかりました。それでは皆さん、お疲れ様でございました。