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精神科診断学 12(3);377-386

[ 座 談 会 ]

新しい抗うつ薬 特にパロキセチンについて

 久保木富房(司会/東京大学医学部附属病院心療内科教授)*1
 福居顯二(京都府立医科大学精神医学教授)*2
 井出雅弘(自治医科大学附属大宮医療センタ−心療内科講師)*3
 貝谷久宣(医療法人和楽会理事長)*4

The New Wave of Antidepressant in Japan: particularly mentioning Paroxetine.
*1 Tomifusa Kuboki: Faculty of Medicine, the University of Tokyo. 3-28-6 Mejirodai, Bunkyo-ku, Tokyo 112-8688 Japan
*2 Kenji Fukui: Department of Psychiatry, Kyoto Prefectural University of Medicine. 465 Kajii-cho, Kawaramachi-Hirokoji, Kamigyo-ku, Kyoto 602-8566 Japan
*3 Masahiro Ide: Department of Psychosomatic Medicine,Ohmiya Medical Center, Jichi Medical School. 1-847 Amanuma-cho, Saitama 330-8503 Japan
*4 Hisanobu Kaiya: the Cheif Director of Waraku-kai. 3-9-18 Akasaka, Minato-ku, Tokyo 107-0052 Japan

要旨:1999年の保険薬適用以来、わが国でもSSRIがうつ病治療の第一選択薬として急浮上した。特にパロキセチンはパニック障害の適用も受けており、不安障害の合併例への使用範囲の拡大が期待される。

季刊 精神科診断学12;377-386

 診断基準と有病率

久保木 1999年以降、わが国でもSSRI(selective serotonin reuptake inhibitor)が健康保険適用薬として使用されるようになりました。そこで、きょうは新しい抗うつ薬、特にパロキセチンについてお話をしていただければありがたいと思います。

 まず初めに、福居先生からうつ病についての診断基準、および疫学などについて大まかな話をしていただけないでしょうか。

福居 従来診断では、われわれはうつを内因性、心因性、外因性といった分け方で分類してきました。けれども、最近ではICD-10、あるいはDSM-IVの診断基準を使うようになっております。どちらかというとICD-10の方を使っている医師が多いような印象があります。従来診断も医療機関によっては引き続き使用されているというのが現状です。ICD-10によるうつ病エピソードの診断では、@抑うつ気分、A興味と喜びの喪失、B易疲労感の増大と活動性の減少の三大症状に加えて、他の7つの評価項目があります。とくに重症度にしたがって、軽症うつ、中等症うつ、それから精神病症状を伴わない重症うつと精神病症状を伴う重症うつの4段階に分けられます。近年、うつ病の患者さんは増えていると言われています。

 つぎに有病率ですが、DSM-IVによる大うつ病性障害の時点有病率は1〜5%、年間有病率は4〜12%、生涯有病率は13〜17%という報告があります。一方、躁とうつを繰り返す双極T型障害では0.6%、あるいは1.0%といった報告が多いようです。有病率の性差では女性の方が男性よりも高いことが共通して示されています。

久保木 アメリカでは年間有病率10〜11%、あるいは12%といった報告が出ているので、大変患者数は多いという印象があります。日本ではまだ確実な数字がなかなかないようですが、他の先生方の印象はいかがですか。

井出 私は総合病院の心療内科に勤務しております。精神科のない病院の心療内科です。ここ半年くらいに私のもとを訪れた初診の患者さん約200人中、だいたい20%がうつ、ないしはうつ状態です。あとは身体表現性障害を含めた身体性障害が約40%、不安障害―――このなかにはパニック障害が多いのですが―――が約20%です。ですから、初診の患者さんの5人に1人がうつであるという状況です。年齢はかなり幅があります。

 軽症うつ病は、心療内科が診ることができる病気なので話題になっているかと思うのですが、2001年2月に香港で行われたGlobal Neuroscience Summitでの議論では、アメリカで6ヵ月有病率10〜15%とのことでした。そのときのジャパン・ミーティングにおける昭和大学の先生の発表では、有病率は4〜6%ということでした。また軽症うつ病の診断の場合、日本ではICD-10を使っている人が多いようですが、アメリカではハミルトンうつ病尺度を基準にしているようです。

久保木 ハミルトンうつ病尺度では、5〜10点を軽症うつ病、11〜20点を中等度としています。臨床的には17、18点あたりを境にしてうつ病があるかないかを決めています。

井出 私はそれをはじめて知って、ちょっと違和感を覚えたのですが、ただ軽症うつ病だからよくなるというわけじゃないということでした。

 心療内科では最近、仮面うつ病や自律神経性症状がメインのうつ病症例がふえています。今の社会状況を反映してか、非常に強いうつ状態にある40代の人とか、高齢者でうつなのか痴呆なのかという鑑別がつきにくい人が、食べられないということを主訴に受診してきてうつ病が見つかるといった症例がふえているという印象があります。

貝谷 先日、長崎大学の中根允文教授と少しお話する機会がありました。中根先生は有病率は5%くらいだろうとおっしゃっていたのですが、私の印象ではそう思えないところがあります。私は精神科医ですが、日本の精神科医は、メランコリー型の典型的な内因性うつ病みたいな症例を中心に診ているように思うのです。

 私の患者さんは20代、30代の若い女性が大部分です。私のところへやってくる人は、昼間はちゃんと職場に行って仕事しているけれど、夕方、家に帰ってひとりなると、悲しくなって泣けてくるといった人がけっこう多いのです。ほとんど一日中うつであるという診断基準を満たさないけれど、一日のうちのある時間とか、一週間のうち四日以上うつになるという人を入れれば非常に多い。

 それから、日本の伝統的な精神医学では、うつ病は気分反応性がないとしている。だから、いいことがあると喜んでしまうのはうつ病ではないとされているのですが、私のところにやってくる患者さんのほとんどは気分反応性のうつ病なのです。いわゆるatypical depressionの方が若い女性には多いのではないでしょうか。そういう点で、うつ病の診断基準を考え直す必要があるのではないか。抑うつ状態に悩んでいる人で、しかも医学的な治療とりわけ薬物療法によって効果がある人たちは、私は非常に多いように思います。

久保木 SSRIの登場前までは、日本の抗うつ薬の市場は180億円くらいと言われていました。それが、現在は400億円くらいになってきているといいます。アメリカは桁が違います。米国の抗うつ薬市場は7000億円以上といわれています。アメリカの方が人口が多いとしても、貝谷先生がおっしゃるように、診断基準の見直しや正しい診断にもとづく適正な薬物の使用が広がれば、日本においても抗うつ薬がもっとポピュラーな存在になってくると思われます。それは、国民のためにもなるわけです。

 不安うつ病の概念とその治療

福居 いま軽症うつ病の話が出ましたが、どのあたりまでを含んで考えればいいのかがあります。lCD-10でいうと軽症うつ病エピソードのほかに、例えば身体症状が前面にでている仮面うつ病は、「その他のうつ病エピソード」のところに入ります。従来の神経症性うつ病は気分変調症の項目に入り、気分障害以外の項目の適応障害のなかの混合性不安抗うつ反応なども軽症うつ病として考えられます。

 貝谷先生がおっしゃった気分反応性のあるタイプのうつは、まわりの環境や性格的な背景はほとんどないのかどうか、たしかに、非定型うつ病といわれるこうした症例が現在ふえてきているように思いますので、教えていただきたいのですが。

貝谷 そういう人たちの多くは、パニック障害といわないまでも、軽いパニック発作を体験する人たちです。そうした病像をたくさん診てきた経験から申しますと、私は内因性だとはっきり思います。内因性であると考える根拠の1つは、その症状からです。まず日内変動が顕著である。ほとんどが夕方以降にうつになる。それから他の植物神経症状、たとえば過食とか、鉛様麻痺といった症状がはっきり出てくる。さらに、睡眠障害も過眠が多く早朝覚醒ではなくて夜間覚醒のタイプが多い。したがって、単なる反応性とは決して思えない。もう1つは、家族性の集積がみられることです。ですから、これを性格反応ととらえてしまうとなかなかよくならない。やはり徹底的に薬物療法をしなければならないというのが私の基本的な考え方です。

久保木 これは従来からの貝谷先生の主張ですね。この考え方が正しいかどうかは、いま貝谷先生自身がデータをまとめている最中なので、その結果をはやくみたいと思います。

福居 夕方以降に調子が悪くなるという点からみると、従来より言われている内因性うつ病とは違うように思います。アキスカル(Akiskal)のいう気分変調症では朝型抑うつといわれていますが。

貝谷 日内変動があり、かつ植物神経症状も過食、過眠という、メランコリー型の逆が全部出ているということです。

福居 非定型としての内因性の要素があるのだから、もっときちんとした薬物療法を行う必要があるのだというご主張ですね。

久保木 これまでの内因性うつとは意味合いがちょっと違いますね。貝谷先生にはぜひ、症例を重ねてデータをとっていただきたいと思います。もし貝谷先生の仮説が正しければ、薬物がよく効くことによって患者さんが非常に助かることになります。パニック障害でも夜間だけに発作が起こる睡眠時発作型パニックがありますね。

井出 うつ病の話と結びつくかどうかは別にして、sleep panic attackはかなり生物学的要因によって起こると言われています。sleep panic attackには薬がよく効くことは確かです。不安と抑うつは厳密に分けられないところがあって、ひとりでいると調子が悪くなったり、夕方になると調子が悪くなるのは、べ一スにうつがあるのか、不安がべ一スでうつになるのか、どちらかに決めるのはなかなかむずかしいようです。

貝谷 従来の抗うつ剤はあまり効果がはっきりしませんが、軽症・中等症に対しては、パロキセチンがよく効くという印象をもっています。私の場合は、それ以上になると、ノルアドレナリンブロッカーを併用することが多いです。ただ、ノルアドレナリンブロッカーは副作用の関係でなかをか患者さんが飲んでくれません。これが飲めるとかなりよくなります。私は、夜間の覚醒、過眠、鉛様麻痺には、セロトニン系ももちろん絡んでいるだろうが、やはりノルアドレナリン性の機能異常も絡んでいると考えています。

久保木 貝谷先生は、こういう状態の患者さんにはレボメプロマジンを主に使うのですか。

貝谷 やはりべ一スはSSRIです。SSRIをべ一スにしながら、さらに軽くレボメプロマジン少量を上乗せします。

 一般に不安うつ病は難治性で、特に若い女性の場合は社会的な障害度が高い。2年も3年も、病気がぐずぐずとつづくことが海外のデータからもいわれており、われわれの経験でもそういうことがいえます。それをなんとか克服したいと考えて、この数年間診療してきて、最近やっとレボメプロマジンを上手に使えばなんとかなるという確信が持てるようになりました。

 広義の精神療法

久保木 いますでに治療の話がでましたが、福居先生にうつ病の治療の基本を示していただき、それをたたき台にして、さらにうつ病治療の具体的な話をしていきたいと思います。

福居 うつ病には、多様な病態と重症度がありますが、その治療に際しては、基本的に薬物療法と広義の精神療法の2つが不可欠であろうと思います。薬物療法についてはあとでお話をいたしますが、精神療法については、笠原嘉先生の日常の診療の中で行える簡易小精神療法、それから認知療法、対人関係精神療法などもあります。これらの精神療法と薬物療法をうまく組み合わせることが必要です。同じ患者さんでも、急性期のときには当然薬物療法が重視されるでしょうし、ある程度回復に向かっている、職場復帰の時期では、薬物療法だけでは十分ではありません。

貝谷 私のところへお見えになるうつ病の患者さんはたいてい重症で、2度、3度と休職を経験したことがある人が多い。私は、そういう人でも1年で復職させることを目標としてやっています。

 私には手の込んだ精神療法はできません。生活改善療法に徹しております。日々の生活、一日の時間をいかに過ごすかを指導します。例えば東京都内に住んでいる絵の好きな人であれば、休職したのをいい機会を得たと考えて、都内の美術館をどんどん回って、人生を豊かにする時間として使いなさいと指導します。自分流の生活を取り戻し、真、善、美を十分味わえるようにさせる。また一方で、体を使い、汗をかくほど運動をするようにします。

久保木 そのサポートを先生がしっかりされているということと、治療には1年間程度の時間が必要なんだということを患者さんと共有されていることが非常に重要なんだろうと思います。井出先生、いかがですか。

井出 心療内科でももちろん薬物を使うのですが、精神科の先生からは投与量が少ないと言われます。抗うつ薬と抗不安薬などをいろいろと組み合わせた多剤併用療法の方が効果が高いという報告もあるのです。私自身は、2剤併用程度で多剤併用しない方ですが。

 患者さんの中には休むことに罪悪感を感じて、ゆっくり休めないという人がいます。そういう人には、入院が効果的な場合があります。入院治療がその人の仕事になって、静養に専念できるわけです。また、そういう方の場合は、体を使うことが消耗につながることは少なくて、40〜50分程度、少し歩幅を大きくして速めに歩かせる外来ウォーキング療法がすすめられます。

 うつ病の治療は、やはり家族の理解が重要です。奥さんが旦那さんの尻をたたくような人ですと、案の定、患者さんはよくならないようです。いったん家族の理解が得られると、患者さんも安心できますし、治療も進みます。

久保木 家族による理解と協力がいかにうつ病の患者さんの支えになるかは、治療をしていると本当に感じますね。

 

 パロキセチンの切れ味

久保木 現在アメリカでは、SSRIがうつ病治療の第一選択薬となっております。日本では2年前にSSRIが保険適用薬となり、SSRIが2種類、その後、SNRI(selective serotonin-noradrenaline reuptake inhibitor)も1種類使えるようになって、われわれの治療の道具がふえてきたわけです。これら新しい抗うつ薬を使用してみて、福居先生はどのような印象をお持ちでしょうか。

福居 うつ病の薬物療法に関する代表的な2〜3のアルゴリズムにはもちろん三環系抗うつ薬も入っていますが、やはりSSRIが第一選択薬ということになるかと思います。ただし、うつ病症状の種類・程度によっては、おのおのの抗うつ薬を使い分ける必要があると思います。フルボキサミンを使用してきた印象では軽症、中等症のうつには効果があると思いますが、重症例では効果が弱い症例もみられました。

 それから早期に外来診療で改善の必要なケースの場合、速効性が要求されます。アモキサピンなどの抑うつ薬のように連動性においてすぐれているものもありますので、すべてのケースについてフルボキサミンを使っているわけではありません。

井出 高齢者の場合に特にそうなのですが、従来の三環系抗うつ薬は抗コリン作用の便秘とか口渇とかのコントロールが悪くて、例えばそういう場合に、副作用の少ないSSRIに切りかえます。副作用で悩まされるよりはSSRIを使ったほうがよいという人は確かにいます。

 私の場合、ノルアドレナリン系のアモキサピンと抗不安薬クロキサゾラムを併用することで奏効することが多いのですけれど、それが効かない人にSSRlを加える方法もあります。

 これもGlobal Neuro-science Summitのジャパン・ミーティングで出た話ですが、日本ではSSRIの売上げは確かに上がっているのですが、三環系の抗うつ薬の売上げも減ってはいないというのです。三環系抗うつ薬が必要な患者もまだまだ存在するということかもしれません。

貝谷 私はSSRIをパニック障害の治療に使うことが圧倒的に多いので、その面ではSSRIの効果は非常に高いと思います。従来は、主にイミプラミンを使ってきて、1999年5月にフルボキサミンが出て、イミプラミンのかわりにフルボキサミンを使ったところ、イミプラミンが効いていると思った人がもっとずっとよくなるんです。次に、フルボキサミンが効いていた人に、パロキセチンを使うと、さらにもっとよくなるんです。パロキセチンの切れ味は大変よいように思います。譬えていえば、パロキセチンは剃刀の切れ味です。フルボキサミンはナイフ。イミプラミンは捨て切れない斧といったところでしょうか。スパッとは切れないけれど、最後の最後、これを使えばなんとかなるという感じです。傷(副作用)は大きいけれど、ちゃんとよくなる。

久保木 おもしろい表現ですね。パニック障害におけるパロキセチンの使用量は30mgと言われていますけれども、先生の使用量は……。

貝谷 20〜30mgで十分効いているように思います。

 パロキセチンの副作用

久保木 副作用はいかがでしょうか。SSRIは副作用が少ないということが一番の売りになっており、データでは確かに副作用が少ないのですが、私もこの2年間フルボキサミン、パロキセチン、それからSNRIのミルナシプランも試していますが、確かに副作用が少ないという印象を受けます。本当に従来の薬と比べて副作用が少ないことがはっきりすれば、やはりこれは大きな特長であろうと思います。

福居 確かに副作用は少ないと思います。これは精神薬理学の研究、すなわちSSRIがモノアミンやアセチルコリンなどの種々の神経伝達物質の各受容体にほとんど作用しない事実から当然そういうことになるだろうと思います。実際には、嘔気などの消化器症状の副作用があるのですが、なかには薬を処方するときの副作用の説明の仕方によって副作用を訴える方もおります。このように実際の薬の副作用なのか、患者さんの自己暗示によるものなのかははっきりしないケースも時々みられます。

久保木 そこは難しいところですね。私は処方時に考えられる副作用は申し上げてしまいます。「2〜3日むかむかしたりするということがあるかもしれないが、がまんできる程度であれば、つづけて飲んでください。どうしてもだめだったら、申し出てください」と。消化器症状が出たときに、そこで止めないで、「先生が言っていたことが気になって症状が出たのでは」と受けとめてもらえるとよいのですが。けれども、何も説明しないで副作用が出た場合は、やはり医師への不信感が芽生えますから、説明しておいたほうがいいでしょう。

福居 最近では、薬剤情報が患者さんに伝えられるようになっています。その薬剤情報はどちらかというと、かなりきつ目に書いてありますので、それで患者さんがびっくりされることがあります。そうならないように、担当医から前もって十分に説明させているつもりではいるのですが。

井出 パロキセチンについては、フルボキサミンでよく言われていた吐き気の症状は意外に聞きません。夜1回投与法なので、それがいいのかもしれません。

貝谷 私は、SSRIは副作用が少ない薬だというのは言葉足らずであり、あくまで従来の三環系などの抗うつ薬と比較して少ないということだと思います。もちろん副作用のほとんどは投与初期に起こりますが、それでも服用を中断することなくいかに飲ませるかが臨床医の腕のみせどころです。フルボキサミンの場合、かなりの症例で吐き気が出ました。私はそれに対してセルベックスをほとんど同時に投与して、大部分の方はOKでした。パロキセチンの場合はフルボキサミンよりは吐き気はずっと少ないのですが、それでも5人に1人くらい出る。パロキセチンの場合、どういうわけかセルベックスでは対処できない。いろいろやって、最近やっとわかったのがガスモチンです。ですから、最近ではパロキセチンとガスモチンを最初からほとんど一緒に投与します。

久保木 ガスモチンは5mgですか。

貝谷 1錠2.5mgと5mgの2種類があります。それをパロキセチンと一緒に夜1回飲んでもらいます。暗示効果もあるかもしれませんが、これで吐き気をほとんど防ぐことができるようになりました。

 本邦におけるパロキセチンのダブルブラインド治験における副作用の頻度を比較すると大変興味深い結果がみられました(図)。1つはトラゾドンを対照薬にしたうつ病の治験です。第2に、アミトリプチリンを対照薬にした二重盲検で、これもうつ病が対象です。そして第3は、パニック障害を対象にした、プラセボとの二重盲検です。私はパロキセチンの副作用はうつ病よりパニック障害の方が出やすいのでは、と思っていたのですが、眠気に関しては、パロキセチン24.3%対トラゾドン31.5%、パロキセチン13.1%対アミトリプチリン17.1%。ところが不思議なことに、パニック障害の場合は副作用がずっと低いんです(パロキセチン8.2%対プラセボ0%)。このデータからみると、処方する医師の先入観が非常に大きいのではないかと思えてくる。特に眠気というのは、これは眠くなる薬だと思って医師が投与すると、患者の訴えが高くなる。患者さんに対する暗示効果だけでなくて、医師自身の思いこみ効果も非常に大きいのではないでしょうか。いずれにしろ、不眠よりも圧倒的に眠気が多い。

久保木 貝谷先生は最初は10mgからはじめますか。

貝谷 ええ。少な目にはじめて、様子を見て20〜30mgまでもっていきます。

 

 SSRIとSNRI

久保木 2000年からは、SNRIの一種とされているミルナシプランも保険薬として使えるようになりました。こちらのほうはどうでしょうか。

貝谷 私は、パロキセチンとSNRIを併用することが非常に多いです。セロトニン活性を高めすぎるとセロトニンニューロンがノルアドレナリンニューロンを抑制するということがわかっているからです。

 ただし、最近の論文では、パロキセチンには代謝産物がノルアドレナリンの再取り込みを阻害する作用があると書かれています。もし本当にそうだとしたら、パロキセチンだけでも行けるかなと思います。

井出 これもGlobal Neuro-science Summitでの話題なのですが、アメリカではSSRlとSNRIの併用はまったく問題ないとされているようです。その方が力が発揮されるみたいです。

貝谷 併用することで、やっとイミプラミンになるんですよ。

井出 アメリカの医師が強調していたのは、薬を使う期間です。DSM-IVの診断基準で大うつ病(major depression)の経過を見ると、15年で80%、20年で90%が再発するというのです。ですから、従来言われているよりも長期間、薬を使った方がいいということを強調していました。長期に使うことになると、三環系抗うつ薬には心毒性などの副作用の問題があるので、SSRIの使用が推奨されているのでしょう。

福居 私も、大うつ病の場合、長期間にわたって薬を使用していかなければならないと思います。もちろんその間に、減量をできるだけして適当な維持量にしていくということが大切です。

 うつ病の患者さんにはいろいろなタイプ、症状の方がおられる。単剤だけで治療しているわけでは決してありません。SSRI、SNRI、三環系の抗うつ薬に、スルピリド、あるいは抗不安薬などといった薬がときに併用されます。それらを長期間使っていくということになると、副作用の少ないものが望ましいということは確かです。

 パニック障害およびその他の疾患へのパロキセチンの適応

久保木 治療がある程度長期にわたらざるをえないとなると、それをフォローしていくシステムが医者の側にも、患者の側にも必要になるでしょうね。

 先ほど井出先生がうつと不安が区別できなくなってきているとご発言されましたが、このことは臨床的にみて間違いない事実だと思います。パロキセチンは、うつ病にもパニック障害にも適応を持っており、欧米では社会不安障害や全般性不安障害さらに強迫性障害の治療薬としても使われています。先生方に、うつ病にかぎらず少し話を広げていただければありがたいのですが。

貝谷 パニック障害について話をさせていただきますと、パニック障害という病気自体が、DSMに載っていたとはいえ、これまで日本の医療界ではあまり認知されてこなかった。保険診療の場合、パニック障害と書いてもなかなか薬が通らないというのが実状でした。2000年11月にパロキセチンが日本で初めてパニック障害の保険適用薬になったということは、私のようなパニック障害を専門的に診ていた者からすると、日本の医療界にとって画期的な出来事であったと思います。

 パニック障害の患者の4分の3には広場恐怖があります。広場恐怖は日常生活の障害度が高い症状です。パニック障害というと、どうしてもパニック発作ばかりに目をむけがちなのですが、パロキセチンは単独としてはパニック発作を抑える効果は低い。パロキセチンはパニック発作を半減させるのに約30日を要します。プラセボは43日ですね。1ヵ月かかってパニック発作がやっと半減するくらいの治療速度ではとてもじゃないが患者さんに対して使えません。短期的にパニック発作を抑えるためには、ベンゾジアゼピンの併用が必要と考えます。

 しかし、パロキセチンはパニック障害の治療に絶対必要なんです。それはベンゾジアゼピンでは、広場恐怖がなかなかよくならないからです。パニック障害の4分の3にある広場恐怖を退治するには、治療の初めからこの薬を投与しないといけない。ですから、私はパロキセチンとベンゾジアゼピンとを併用しています。

久保木 最近、私と井上雄一先生が編訳者となって出版した、デイビッド・ナット、ジェームズ・バレンジャー、ジャンーピエール・レピーヌ『パニック障害:病態から治療まで』(Panic Disorder: Clinical Diagnosis, Management and Mechanisms)という本があります。そのなかにはパロキセチンのデータが入っていて、アナフラニール、クロミプラミンよりもいいという結果が出ていました。

貝谷 心療内科では過敏性腸症候群(IBS)の患者さんを診られる機会がたくさんあると思うのですが、最近のデータによると、IBSと広場恐怖がカップリングしているケースが非常に多いそうです。

 IBSと恐怖症の合併例をいかに治療するかというとき、私はこれまで久保木先生や山中学先生のアドバイスにしたがって、抗うつ剤、なかでもクロミプラミンを使用してきました。これはクロミプラミンの便秘の副作用を逆に使ってみようというねらいからです。結果は非常に良好でした。パロキセチンは便秘の副作用は5%といわれていますが、この間のアメリカ精神医学会で、私はパロキセチンが直接腸の神経叢に作用し、IBSに効果があるというポスター展示を見つけました。

井出 確か2001年の日本心身医学会の石川記念賞が「パニック障害とIBSの合併例の検討」でしたね。

久保木 福居先生、最後になにかご発言いただけますか。

福居 比較的症状の軽い軽症うつ病の患者さんは、まずプライマリーケア医にかかることが多いと思います。うまく治療されて、よくなるケースはもちろんそれでいいと思うのですが、ときに、すっきりしないまま、遷延化し、その後、こちらに紹介されるケースがままあります。症例によっては早めに精神科あるいは心療内科といった専門科で適切な治療を受けるのが患者さんにとっていいのではないかと思います。

 それから、薬物療法では、SSRIを筆頭にしていろいろな薬があります。この薬は副作用が少ないけれど効き目があらわれるのゆっくりだとか、この薬は速効性があるけれど少し副作用がでるかもしれないといった多くの情報を患者さんに提供して、主治医の判断だけでなく、患者さんとよく相談して治療法を選択することが大切であるのは言うまでもないと思います。

久保木 福居先生、井出先生、貝谷先生、きょうはいろいろな話を聞かせていただき、ありがとうございました。