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ラジオたんぱ [ 対 談 ]

不安とうつの臨床 

赤坂クリニック院長 貝谷久宣
東京大学心療内科教授 久保木富房

 @うつ病の症例

久保木 先生は患者さんをたくさん診ていらっしゃるので、まず、うつの症例を1つ提示していただいて、うつがどんなものであるかをお示しいただけるとありがたいのですが。

貝谷 まず中等度のうつ病の症例を挙げます。

 59歳男性 高校教師
 定年まであと1年という年の学期末になって、仕事が億劫になり、やる気がない。「自分はもうおしまいだから先がない」と卑屈になり憂欝な日々。学期末の仕事がちっともはかどらない。 

 私どものクリニックではこういう場合、だいたい副作用の少ないSSRIを選択薬としています。この方にはデプロメールを1日25mg1錠から始め、3錠にまで増やしました。
 どんどんよくなられましたが、やはりうつ病ですので睡眠障害、それも中途覚醒がありました。デプロメールは中途覚醒にはあまり効果がありません。昔でしたら、トリプタノールのようなものを出すところですが、最近はもう少し副作用のないプロチアデンを使っていまして、夜寝る前に25mg1錠を出しました。そうしたら睡眠も十分とれ、ずいぶんよくなられました。
 学校へ行かれるようになって、これでいいかなと思っていたところ、また、うつというほどではないが、少しやる気が出ない、自発性がない、という感じが出てきました。
 ここで、デプロメールをもっと増やすというやり方もあるかもしれませんが、私の基本的なコンセプトはSSRIによってセロトニンを高め、その他の抗うつ薬でノルアドレナリンを高めることです。特に、自発性がない場合には、そのほうがいいのではないかということで、この方にはノルアドレナリン性の抗うつ薬テシプールを少し、朝だけ飲んでいただくようにしました。そうしたらまた1〜2週間でよくなられ、無事に定年まで勤めることができました。

久保木 この方の場合、治療を始めてからある程度よくなるのに1〜3ヵ月ぐらいかかったということでしょうか。

貝谷 最初の立ち上がりがよく、初めの2週間でかなりよくなられ、1ヵ月もしたら、ほぼ普通の状態になられました。

久保木 お仕事のほうは休まずに続けられていたのですか。

貝谷 はい、続けて出勤されていました。なんとかそのまま維持できました。

久保木 やはり責任感が強い方ですか。

貝谷 はい、責任感が強くて真面目な方です。

久保木 そういう意味ではうつになりやすいタイプと言えますね。

 Aうつと思われていたが、うつではなかったケース

貝谷 次の症例は、じつは奥様がパニック障害で来られていたのです。奥様はずいぶんよくなられ、聞いてみると、ご主人もうつ病で3年ほどかかっているがちっともよくならない。私はこんなによくなったから主人も連れてきたい、ということで来られました。
 私どもが診たところ、うつの根底に対人恐怖があることがわかり、そちらから攻めました。対人恐怖の場合、やはりSSRIがよく、三環系抗うつ剤はあまり効かないと言われています。
 デプロメールを1日50mgで非常に元気になられました。そのほかにクロナゼパムも少し飲んでいただき、その治療をして3ヵ月ほど経ちましたが、顔色も全然ちがってきました。
 3年間治療をし、抗うつ剤も出ていたのですが、このように少し見方を変えて治療をし、また抗うつ剤を変えてSSRIにしたらぐんとよくなってしまう。
 ですから、まさに先生の言われた「正しい診断、正しい治療」が肝要だという経験をしました。

久保木 確かに3年もうつというのは、皆無ではないにしても、説明がつきにくいことですね。その点、根底に対人恐怖のようなSAD(Social Anxiety Disorder)があってうつに発展したのですね。
 デプロメールを50mg投与し、クロナゼパムも併せたわけですね。このクロナゼパムも対人恐怖にいいということが言われています。この2つを使ったことで症状が改善されたということですね。

 45歳 夫婦で喫茶店を経営
 当人の話より、対人恐怖があることが判明。昔、めざしていた一流大学に入れず第二志望の大学に入った頃から人目を非常に気にするようになる。そして多数の人のいる席を避けるようになる。大学を卒業し、結婚して奥様の実家の喫茶店を継ぐことになるが、そのときも自分の出た大学名を奥様にはっきり言わず、そのことをつねに申し訳なく思っていた。お客様に対するときも非常に緊張し、その頃から対人緊張が激しくなる。しかし、家業のため、やらなければならないところから今度はうつが発展。そして近くの心療内科で昔からの抗うつ薬を投与されていた。しかし強い不眠もあり、なかなかよくならない。 

 

 パニック障害の治療

久保木 パニック障害にはどんな治療をしますか?

貝谷 パニック障害は、誘引なく不意に起こる病気です。緊張すると症状が起きるなどとも言われますが、われわれのクリニックの統計では、安静時の夜間に起きるいわゆるSleep panicが4割あります。このことからもパニック障害は時と場所を選ばないということが言えます。ですから24時間防衛体制でなければなりません。
 したがって薬はいわゆるロングアクティングのものがよいと思われます。私はパニック障害の診療を始めたときに、いろいろな抗不安薬を試しました。結局、最後に落ち着いたところがメイラックスです。なぜこんなによく効くのだろうと思って調べると、やはり血中濃度半減期が非常に長いのです。120時間というすごい薬ですので、これによって24時間完全防衛できるということで、これを使って実際に効果もたいへん上がっています。
 私のところではパニック障害にはベンゾジアゼピンとSSRI併用しています。
 欧米では、最近はベンゾジアゼピンなしでSSRIだけでやっています。そこで欧米の医師たちに聞いてみると、SSRIだけでは発作が半分になるのに1ヵ月ぐらいかかるのです。ゼロになるには2ヵ月以上かかります。
 こちらでは、それでは患者さんがついてきてくれません。やはりベンゾジアゼピンとSSRI一緒に使うのがベストではないかと思います。また、長時間型のものが短時間型ベンゾジアゼピンより依存形成が少ないとも言われています。それに日本では、ベンゾジアゼピンを使ってもさほど依存はないと思いますが、いかがでしょうか。

久保木 そうですね。日本人は欧米人ほど量を使いませんし、適正に使用すれば欧米で言われているほど心配はないと思います。

貝谷 パニック障害の4分の3の人は広場恐怖があります。広場恐怖に効く薬はないと言われていますが、薬だけでよくなる人も半数ぐらいはいます。それはやはりSSRIが使えるようになってからだと思います。
 認知行動療法もありますが、すべての方に手間のかかる療法はできませんので、難治の人には、SSRIと認知行動療法の併用で効果を上げています。

久保木 文献上でも、やはり、いま先生がおっしゃったようなSSRIプラス認知行動療法というのがよい結果を出していると思います。
 つい最近までは私もベンゾジアゼピンプラスSSRIで、最初に効果の早いベンゾジアゼピンを使い、徐々にSSRIに置換していくのがよいと思っていました。そして難しい場合には認知行動療法をかぶせるということだろうと思います。

貝谷 外国に倣ってSSRIだけでやろうと思うのですが、やはりベンゾジアゼピンはよく効くのです。そういう点でなかなか抜ける方が少ないのです。もちろん最終的にSSRIだけでやっている方も5%ぐらいはありますが。
 やはりわれわれ日本人はベンゾジアゼピンが手放せないと思います。

久保木 そうですね。ただ、これからはもしかするとベンゾジアゼピンに代わってSSRIを多く使える時代が来るのかもしれないですね。

貝谷 もちろんうつがありますから。私どもの統計では、初診のパニック障害患者の約3割がうつで、さらに長期に診ていけば5割以上は何らかの形でうつになります。そういう点でも逆にベンゾジアゼピンだけではやっていけないということが言えますね。

久保木 30年前ぐらいは、うつと不安というのは少しちがった病気だと言われ、私たちもそう教わってきましたが、今の認識では、うつと不安というのは相当かぶさっています。いま出たパニック障害というのはその典型で、うつとの重なりが相当強いですが、このSSRIが出てきて、SSRIはうつにも効きますし、パニックにもOCDにも効きますし、欧米ではSADにも効くと言われています。
 そのあたり、先生、何かお考えがございますか?

貝谷 パニック障害でもうつ病と併存するものが非常に多く、また、社会不安障害でも長期的にはうつ病になっていくことも少なくありません。
 もう1つGAD(全般性不安障害)ですが、うつ病のごく初期の人を診ていると、GADの人がけっこういるのではないかと思います。これがある程度続くと本格的なうつになっていくのではないかと思われます。
 そういう意味でも、私は不安とうつははっきり分けられるものではなく、つねに移行しあう、また共存するものではないかと考えます。

久保木 私も最近は、不安とうつとはたいへん近いもので、いろいろな出方がありますが、ベースはそんなにちがわないのではないかという感じをもっています。
 SSRIの代表としていまデプロメールの使い方を教えていただいたのですが、私も使っています。1週間か10日は効果が現れませんが、本当に少量ずつ25mgとかから始めています。その点、いかがでしょうか。

貝谷 全く同意見です。患者さんに、「まず少なめに投与します。そしてだんだん量を増やします。悪いから増やすのではなく、この薬でよくなるから増やすのですよ。不安とかうつは他の病気とちがって薬が合えば症状がゼロになるのです。ゼロになることをめざしましょう。症状ゼロになったら、それを3ヵ月から半年維持して、それからゆっくり薬の量を減らしましょう」と話すと、非常によくわかってくれて治療がしやすいですし、医者も不安とうつに関しては、シンプトームフリーをめざしてあの手この手を使って治療すべきだと思います。

久保木 それにはやはり2〜3ヵ月必要だということですね。なるべく早いうちにそれを患者さんにも共有していただくということですね。
 ありがとうございました。私もたいへん意を強くいたしました。

<参考文献>
笠原 嘉:軽症うつ病 講談社 1964
坪井 康次:特集・仮面うつ病 〜一般科に必要な軽症うつ病の知識〜心身医療 Vol.5No.4p3-36 医薬ジャーナル社 1993
池田 健:もっと知りたい精神科の力ウンセリング 成美堂出版 2001.5,1
久保木 富房:特集・うつ病 内科医のうつ病初期療法 日本臨床第59巻・第8号 2001年8月号
伊藤 克人:特集・軽症うつ病の診断と治療 力レントテラピーVol.20No,3p84 ライフメディコム 2002
樋口 輝彦:Q&A うつ病 法研 2002.3.23
樋口 輝彦(編著):うつ病診療の八ンドブック メディカルレビュー社 20024,1