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  私は院長

赤坂クリニック
なごやメンタルクリニック
横浜クリニック

貝谷 久宣

最新精神医学 9巻4号:P389-392、2004

 私は診療所を平成3年2月に開院しました。国家公務員(文部省20年、防衛庁2年)時代、“時と場合によれば、そのうちに開業をしてもいいな”という気持はひそかに持っていました。もし開業したらああしよう、こうしたいという事柄を、関係する出来事に遭遇するとその都度心に留めておりました。急に思い立っての開業ではありませんでした。自分なりにいろいろな心の準備を無意識のうちにしていたのです。私は物事を始める前にはその意義と基本的な心構えをしっかりと表明したプリンシプルが必要だと思っています。私は日々の診療には次のような心構えで従事しています。それは、身体の苦しみであれ心の悩みであれまず患者さんの痛みをできるだけ早く取る、診療の情報を十分に患者さんや家族に提供する、その時点で最善(state of the art)の科学的な治療をする、ということです。この診療に対する基本方針を明文化して待合室の本棚に置きました(表1)。

 開院に当たりもう一つ重要なことがありました。それは診療所の名前です。私の母は、“人が集まるようにしなさい、それが繁盛の源だよ”と常々言っていました。私は自分のクリニックを医師1名でやっていくつもりは当初から全くありませんでした。開業しても診療ばかりに自分の時間を使いたくないと思っていました。いろいろな先生に来て頂いてたくさんの患者が集まったらよいと思っていました。ですから自分の苗字をつけたクリニック名は全く考えていませんでした。ところが、診療所の監督をする保健所は苗字をつけることを原則として、私の提案した名称に難色を示しました。しかし、“なごやメンタルクリニック”がもっともよいという“ご託宣?”を占いに凝っていた私の大学時代の秘書からもらい、この名称で押し切りました。

 開院に当たりもう一つ考えたことがありました。それはクリニックのイメージ形成に大きな役割を果たすロゴです。当初は、フクロウをクリニックのシンボルとして、それを図案化したものにしようと思いました。フクロウは物知りの学者として物語にしばしば登場すること、また、眠れない人をやさしく見守る役目を持つ夜行性の動物であることから、精神科医にキャラクター化できると思ったからです。そこで、コピーライターにフクロウを図案化したロゴを作ってもらいました(図1)。しかし、マンガチックで愛敬がありすぎて、クリニックにはもう一つ何かが不足しているように感じられ、採用はとりやめました。そこで、何か別に良いものはないかと考えました。そこで思い出したのが、ニューヨーク病院の玄関に置いてあった“Your Bill of Rights”と題したパンフレットに載っていたロゴです。これは、昭和60年9月、フィラデルフィアで開かれた第4回生物学的精神医学会に参加後、コーネル大学を訪問した時に手に入れたものです。このロゴは、ルカによる福音書10:30-37にある、ユダヤ人に人種的偏見を持つサマリア人の商人が傷ついたユダヤ人に最善を尽くしたという話を題材にしたものです。イエスの言葉「Go and do thou likewise(あなたも行って同じようにしなさい)」が書き込んでありました。私はこのロゴの醸し出す雰囲気が気に入り、これをベースとして自分のクリニックのロゴを作ることにしました。しかし、盗作だと言われないように大幅に内容を変更しました。ロゴの上側の文字“Call on us and lay open your heart”は、簡単な英語ではありますが、正確に訳せる人は意外に多くありません。“おいでになって心の中をうちあけて下さい”といった程の意味です。

 このようにフクロウは、ロゴにはなりませんでしたが、クリニックのマスコットになっています。フクロウは、「知恵袋で学問の神様」、「不老長寿で長生きができる」、「不苦労と書いて苦労知らず」、「首が360度回ることから商売繁盛」、「福籠と書いて福が籠もる縁起のよい鳥」、「梟は作った家庭を一生涯守るから夫婦円満」などと言われていますので私は縁起を担いで、行った先でフクロウの置物を手に入れ、クリニックに飾っていました。ところが、私のクリニックに訪れる患者の7割以上は乗り物・外出恐怖を持つパニック障害患者です。私どもの薬物療法と行動療法で改善された患者さんが、「元気になって旅行に行けるようになりました。おみやげです」といってプレゼントして下さるようになりました。そのようなことで世界各地からのフクロウがクリニックに集まってきています(図2)。将来、私のクリニックには杏林はできませんが、フクロウの森ができるかもしれません?

 私は、治療者側が考えていることや診療方針を常時患者に伝達するメディアが必要だと考えました。まず、私が実行したのは季刊誌「ケセラセラ」の発刊でした。これは開院3年目から実行することができました。この誌名は“なるようになるはケセラセラ”というペギー葉山が歌っていたヒッチコック監督映画「知りすぎていた男」の主題歌です。私のクリニックに来院する患者は大部分が不安・抑うつ障害です。“ケセラセラ”の心境になることが治療目標ですよと患者に無言のメッセージを送っています。この季刊誌の内容は、院長のエッセイが巻頭言で始まり、患者さんの病気克服記とか、臨床心理士・岩舘憲幸氏や野村忍・早稲田大学人間科学部教授のエッセイや健康に関する記事です。その他にずっと連載されているものは、「フクロウ博士の知恵袋」、それと、わたしの香道の師である御家流桂雪会理事長熊坂久美子先生の「香道文学散歩」、さらに、私が所属している(財)日本野鳥の会岐阜支部の大塚支部長による「野鳥図鑑」です。この雑文が載る“最新精神医学”で読者の目に触れる頃には“ケセラセラ37号”も発刊されている予定です。

 私のクリニックはインターネットにホームページを掲げてから7、8年になります。ホームページを持つ医療機関のはしりだったと思います。友人近藤俊英氏が当初から作成してくれています。内容は米国精神医学会で手に入れてきた病気の理解と対処のためのパンフレットを翻訳したものや、わたしが書いた原稿はすべてこのホ一ムページにアップしました。このホームページ( http://www.fuanclinic.com/ )は、現在、約1,200ページ(約25MB)で、今年3月の訪問者数は1日平均2,292件です。

 私は学生時代、一時、精神病院を持ちたいと考えていたことがあります。そして、私が達成できたのは無床の小さなクリニックを設立しただけです。しかし、私はこれからの時代はハードウエアーではなくソフトウエアーの時代だと考えています。ですから、精神病院の大きな建物はできなくても、良いソフトウエアーが財産だと考え仕事をしています。もちろんその基盤になるのは、患者から信頼される医療の提供だと思います。患者に苦言を呈することはあってもお世辞を言うことは絶対にない医者が、平成15年の夏、オリコンのグッドドクター137位(メンタル系5位)にランクされたことは怪我の功名でした。私は、現在、多数の精神科医と心療内科医そして臨床心理士および職員に囲まれて3つのクリニックで診療できる喜びをかみしめ、多くの人々の協力に感謝する毎日を過ごしています。


表1 なごやメンタルクリニック開院にあたって

なごやメンタルクリニックにようこそお越しくださいました。このクリニックの診療は次に述べるような心構えで行い、よりよい医療を進めたいと思っています。
お気づきの点がございましたら何なりとお申し付けください。
@ 最近、インフォームド・コンセントという言葉をよく聞きます。これは充分な情報を患者が与えられ、それを理解し、治療方針を納得し、患者と医師が一体となり病気に対処していくことを意味しています。心の病気の治療の場でもこのことは大変重要なことです。患者さんは治療方針、とくに薬について疑問点があれば何でも質問してください。慢性の病気の多い神経科では、私は患者・家族教育が重要であると考えています。ですから、私は病気の理解のためのビデオやパンフレットを作っています。これにより、病気を充分に理解していただき、現在一番進んだ治療をするようにしたいと思っています。
A 20年前、私は西ドイツ・ミュンヘンにあるマックス・プランク精神医学研究所に留学しました。ここで2年間、神経精神医学の基礎となる脳の研究をしました。帰国後、アメリカ精神医学とドイツ精神医学を改めて比較しました。ドイツ精神医学は理論が先に立ち、どちらかといえばあまり実際的ではありません。それに比べ、アメリカ精神医学はより実用的で、患者本意であるように感じましたので、それから私はアメリカの学会に努めて出席するようにしました。私は現在アメリカ精神医学会の海外特別会員です(日本に10名位います)。ですから、現在の私の診断・治療方針はアメリカ形式です。日本の精神医学はドイツ式がまだまだ多いようです。しかし、私はこのアメリカ式の診断・治療法が現在世界で最も進んだ方法であると確信していますから、これに従って診療を行っていきます。
B 私の専門は精神薬理学です。過去30年間の精神医学の画期的な進歩は向精神薬の発達の歴史といって良いでしょう。私は目の前の患者さんの症状に最も適した薬を処方することに努力してきました。神経・精神科では薬の治療は最も重要な治療法の1つですがそれがすべてではありません。社会、心理学的治療法も大切です。しかし、これはあくまでも科学的にその効果が証明されたものでなければなりません。精神分析療法は科学的に証明されていません。行動療法や自律訓練法はその効果がコントロール研究で、証明された治療法です。必要のある患者さんにはこのような治療法を経験豊かな臨床心理の先生にお願いして行う予定をしています。

平成 五年 如月 吉日
なごやメンタルクリニック 貝谷 久宣