開院にあたりて

横浜クリニック

院長 山田 和夫

 

 此の度は、貝谷久宣先生が主催する和楽会、不安・抑うつ臨床研究会の3つ目のクリニックが横浜に本年4月1日よりオープンすることになりました。私は、その横浜クリニックの院長に就くことになりました山田和夫です。これからどうぞ宜しくお願い申し上げます。私の経歴、専門分野、研究活動、主要著書は以下のようなものです。


T.経歴
 昭和56年 3月 横浜市立大学医学部卒業
 昭和56年 4月 横浜市立大学医学部附属病院神経科研修医
 昭和58年 4月 横浜市立大学医学部附属病院神経科常勤医
 昭和58年12月 神奈川県立芹香院常勤医
 昭和61年 6月 横浜市立大学医学部神経科助手
 昭和62年 4月 横浜市立大学医学部神経科医局長
 平成 1年 6月 研水会平塚病院副院長
 平成 3年 4月 国立横浜病院精神科医長
 平成 5年 6月 横浜市立大学医学部附属浦舟病院神経科講師
 平成10年12月 横浜市立大学医学部附属浦舟病院神経科部長
 平成12年 1月 横浜市立大学医学部附属センター病院精神医療センター部長
 平成12年11月 横浜市立大学医学部附属センター病院精神医療センター助教授
 平成14年10月 東洋英和女学院大学人間科学部教授
 平成15年 4月 より横浜クリニック院長を兼任

U.経験した公職
 厚生労働省感情障害研究班班員
 厚生労働省がんと精神症状研究班協力班員
 神奈川県立がんセンター 精神科医師
 神奈川県平塚保健所、横浜市泉保健所 各精神科嘱託医
 横浜市精神医療審査会委員

V.研究対象疾患:不安障害、気分障害

W.研究方法分野:臨床精神薬理学、文化精神医学

X.学会・研究会活動
 日本病跡学会理事(第43回総会会長〈平成8年4月〉)
 日本精神科薬物療法研究会幹事
 多文化間精神医学会理事、執行委員(第3回総会会長〈平成13年3月〉)
 日本総合病院精神医学会評議員
 日本時間生物学会評議員
 うつ病アカデミー監事
 Bipoler Disorder 研究会監事
 神奈川県精神薬理学会理事(第6回総会会長〈平成8年10月〉)
 神奈川県精神医学会運営委員
 神奈川臨床精神病理研究会幹事
 横浜感情障害研究会代表幹事
 横浜分裂病研究会幹事
 横浜不安抑うつ研究会幹事
 横浜心身症アレルギー研究会幹事
 横浜セロトニン研究会幹事
 横浜リエゾン研究会幹事
 湘南精神懇話会幹事

Y.主な著書
 「今日の治療方針2004:難治性うつ病」(共著)医学書院、2004
 「気分障害の治療アルゴリズム」(共著)じほう社、2003
 「新世紀の精神科治療:双極性障害」(共著)中山書店、2003
 「精神医学文献事典」(共著)弘文堂、2003
 「最新医学別冊 躁うつ病」(共著)、2003
 「抗うつ薬の選び方と使い方」(編著)南江堂、2003
 「ガイドライン外来診療2002:うつ病」(共著)日経メディカル開発、2002
 「SNRIのすべて:全般性不安障害」(共著)先端医学社、2002
 「うつ病の合理的薬物療法ーSSRIとの併用療法」(共著)メディカス、2001
 「今日の治療方針2001年版:躁病、躁状態」(共著)医学書院、2001
 「臨床精神医学講座4・気分障害」(共著)中山書店、1998
 「臨床精神医学講座S1・精神医学史」(共著)中山書店、1999
 「最新内科学体系65・脳の高次機能障害」(共著)中山書店、1996
 「パニック障害の精神病理」(共著)日本評論社、2002
 「パニック障害の基礎と臨床」(編著)金剛出版、2000
 「日常診療に役立つストレスケア入門」(共著)永井書店、2001
 「自律神経失調症」(編著)協和企画、1996
 「精神分裂病」(共著)朝倉出版、1992
 「睡眠覚醒リズム障害」(共著)ライフ・サイエンス社、1994
 「改訂精神保健福祉士養成セミナー1・精神医学」(共著)へるす出版、2001
 「改訂精神保健福祉士養成セミナー2・精神保健学」(共著)へるす出版、2001
 「AERA・MOOK15 精神医学がわかる」(共著)朝日新聞社、1996
  他


 私は、始めから精神科医に成ろうと思いまして、昭和50年に横浜市立大学医学部に入学しました。昭和56年に卒業以来、今年で22年になりますが、ずっと精神科医の道を歩んできました。パニック障害、社会不安障害などの不安障害とうつ病、双極性障害などの気分障害を主な研究対象疾患として、臨床研究に取り組んできました。難治例、慢性例に対して治療的工夫を行い、何篇かの論文と何冊かの著書を著わしてきました。写真にありますのはその一部です。
 現在は、東洋英和女学院大学人間科学部で横浜にあります大学では実存精神医学を、東京六本木にあります大学院では臨床死生学を教えています。
 治療に対する考えは、心の病の成り立ちが、身体的、精神的、社会的全ての側面が関与していることから、治療も、その三方向性を併用するように心掛けています。心の病を経験した人は、実存的危機に陥る人が少なからずいますが、現在は、大学との関連からその実存的治療に最も力を入れています。
 例えば、パニック障害ではまずパニック発作が起こりますが、これはPTSDに近い体験と把えています。パニック障害には、まずSSRIなどの抗うつ薬で治療を始めます。これが身体的治療です。次に認知行動療法の併用が必要ですが、これが精神的治療です。そして、患者の家族、学校、職場でのパニック障害に対する理解が大切で、これが社会的治療です。しかし、それでも自信を無くし、閉じこもりがちになり、生きる目的を見失いがちの患者さんがいます。この人達には、社会に出る、生きる勇気を出してもらうことが大切になってきます。そのためには、実存分析、実存的治療アプローチが重要になってきます。具体的には、映画や文学がそのヒントになります。
 前回のケ・セラ・セラで貝谷先生は映画「阿弥陀堂だより」を紹介していましたが、主人公美智子医師のパニック障害の経過は、実存的癒し、分析の一つのモデルです。臨床死生学の一つの目標は死の受容ですが、死を受容できる人は、生きる目的、意味がはっきりしている人であり、それが実存として現われます。臨床死生学と実存精神医学は、丁度表裏一体を成しています。
 貝谷先生は次のように記していました。「美智子夫婦の村の生活でもう一人ポイントとなる人物がいる。夫孝夫の中学生時代の恩師である幸田である。彼は自分が胃ガンの末期状態であることを知りつつ、医療を拒否し、書に精魂を傾け、潔く死を受け入れるべく端正な日々を送っている。幸田の生き様はまさにパニック障害者の病的心性の対極状態である。不治の病を慌てず騒がず天命として受け入れ、一日一日を自分流に精一杯生きる姿はパニック障害者の鑑である。」「美智子の発病は死との直面と流産という不幸が重なって生じたと考えられる。パニック障害は“死を恐怖する病”であると言うことを知ればこの発病状況も納得できる。」これが実存分析である。「美智子が看取る幸田の臨終の場面はこの映画のクライマックスの一つである。“死”があれば死から脱出の“生”がある。」「小百合の肉腫が転移していることを発見した美智子は、自分の執刀で手術する決心をする。この成功を契機に美智子はパニック障害からの回復を自覚し、医者としての自信を取り戻す。それと相前後して、43歳になった美智子は再度の妊娠を孝夫に報告し、映画は「THE END」となる。」
 私は、横浜という、美しい農村とは対極にある都会のビルのクリニックで、この実存的癒しのある医療を実践していきたいと思っています。東洋英和女学院大学での仕事と横浜クリニックでの臨床は、私にとって同じ研究と実践の場として、大きく結びついています。