気にするほど、お腹がゴロゴロ〜

通勤電車で、ブレゼンや商談の佳境で……マズいときこそ赤信号

うだるような暑さが続くこの時期、食べるものも、飲むものも冷たいものばかりで、胃腸はすっかり、へこたれ気味。冷房の効いた場所で、ちょっとお腹が冷えたかなと思ったら、突如おなかがゴロゴロ鳴り出して、あせることもしばしばだ。これが一時的なものなら、まだいいのだが、何度も腹痛に襲われていると、常にお腹の調子が気になり、トイレに行けない場所ではプレッシャーを感じてしまう。症状が慢性化する前に、なんとか手立てを考えなくては!

20〜30代に多い過敏性腸症候群。
腸の知覚過敏はなぜ起こるのか?

一説によると、消化器内科を受診する患者の約半数が、過敏性腸症候群だという。レントゲンや内視鏡、便の検査をしてみても、何の異常も見られないのに、症状だけが続くのだ。重症化すれば、精神的なプレッシャーは相当なものになる。

 下痢や便秘などの症状は、健康な人でも起こりえるし、突然の腹痛に襲われるということも、さほど珍しいことではない。特に、いまの時期は、アイスクリームやジュース、ビールなど、冷たいものの摂りすぎで、たびたび下痢を起こす人もいるだろう。その下痢が一時的なものなら、たいした問題ではないのだが、まずいのは、それを何度も繰り返しているうちに、慢性化するケースだ。こうなると、常にお腹の具合が気にかかり、ちょっとした刺激にも敏感になって、症状が悪化しやすくなってしまう。

 最近、若い世代のビジネスマンに増えているという過敏性腸症候群も、最初のきっかけは、ささいなことかもしれない。心療内科・神経科の赤坂クリニック理事長・貝谷久宣さんは言う。


 「もともと胃腸が弱い人にとって、夏は要注意シーズンです。ただでさえ体力の消耗が激しいところに、下痢を繰り返したりすると、肉体的にも精神的にも疲労してしまい、症状が悪化・慢性化する可能性も十分ありえます」

 そこで件の過敏性腸症候群だが、この病気は、レントゲンや内視鏡などの検査をしても、身体的な異常は見られない。そのため、適切な治療が施されず、知らないうちに悪化するケースも多いようだ。

 「過敏性腸症候群の症状は、下痢型、便秘型、下痢と便秘を交互に繰り返す交替型に大きく分けられますが、なかでも、20代の男性に多く見られるのは、下痢型です。通勤電車の中で腹痛が起こり、駅のトイレに駆け込む、というのが典型的ですね。大事な商談中でも我慢できない便意が起こって、中座せざるをえなかったり、営業車の運転中に腹痛が起こったりというケースもあるでしょう」

 そもそも、なぜ下痢が起こるのかというと、そのメカニズムはこんな具合だ。口から入った食べ物は、まず胃に送られ、胃酸によって消化され、ドロドロの状態になる。それが十二指腸を経て小腸へと進み、体内に吸収される。その残りカスが大腸へと進み、適度な水分が吸収されたものが便となり、排泄される。ところが、何らかの原因で、大腸での水分吸収が十分に行われないと、水分量の多い便が排泄される、つまり、下痢になる。

 過敏性腸症候群の場合は、大腸のぜん動運動が盛んになるため、腸の内容物の水分が十分吸収されず、下痢状態で排泄されるケースが多いという。

 便秘はその逆で、大腸のぜん動運動が減少することで、内容物が腸内にとどまる時間が長くなり、その間に水分が吸収されて、硬く小さな便となる。さらに、大腸のS状結腸という部分に異常な収縮運動が起こり、便がせき止められるため、便が出にくく、出てもウサギの糞のようなコロコロとした便になってしまう。

 下痢と便秘、症状は正反対だが、どちらも、腸の運動異常が原因というわけだ。

検査では異常がないのに症状はある過敏性腸症候群

レントゲンや内視鏡検査をしても、形状的な異常が見つからないのに、明らかに便通に異常があるのが、過敏性腸症候群。消化器科を受診する患者でもっとも多い症状と言われるわりに、適切な診断、治療がなされていないケースも多いという。次のチェック項目で、改めて自分の症状を見直してみてほしい。

 

過敏性腸症候群チェック

□ 腹痛を伴う下痢(便は泥状、粘液が出ることも)
□ 便秘、あるいは便秘と下痢を交互に繰り返す
□ 時折、うさぎの糞のような便が出る
□ 排便後は腹痛が収まることが多い
□ 排便後、残便感はあるが、便は出ない
□ ガスがたまりやすい
□ 午前中の腹痛が多く、午後からは回復する
□ 体重の変化はなく、食欲も普通にある
□ すぐトイレに行けない状況で症状が出る
□ 睡眠時や休日には症状が出ない
□ 症状が1カ月以上持続している

腸はほかの臓器よりも脳と密接につながっている

 ではなぜ、大腸の運動に異変が起こるのか。そこには、心理的な原因が作用していると考えられている。

 「腸と脳は、『脳腸相関』といって、密接な関係があります。というのも、腸には脳と同じ神経が多く分布し、それらは自律神経でつながっているからです。脳が感じた不安やプレッシャーなどのストレスは、自律神経を介して腸に伝わり、運動異常を引き起こします。また、下痢や便秘などの腸の不調も、自律神経を介して脳にストレスを与えます。つまり、脳腸相関によって、ストレスの悪循環が形成されるのです。過敏性腸症候群の場合は、特に腸が敏感になっていますから、ちょっとしたストレスにも反応します。また、少しの腹痛でも脳は敏感にキャッチし、不安も症状も増幅していきます」

 早い時期に、自分で悪循環を断ち切ることができればいいのだが、毎日腹痛におびえるほど、症状が悪化してしまうと、セルフケアは難しくなる。

 「下痢のような症状は、どうしても軽んじられやすく、患者さん本人も、周囲の人も、“精神的に弱いから”“体質だから”と決め付けてしまいがちです。そのため、市販の下痢止め薬などで、とりあえずの処置をしながら、だましだまし仕事を続けている人が多いのです。しかし、こうした自己診断は、時に危険な状態を招くということも、知っておいてください。悪くすると、うつ、緊張、不安といった精神的な症状がさらに進み、ついには出社できなくなってしまう人もいるのです」

 不快極まりない症状を一人で我慢していても、得することはひとつもない。ストレスフルな生活を改めろと言われても、簡単に仕事を変えるわけにはいかないし、何から手をつければいいのやら…。ここはやはり、少し面倒でも医師の診察を受けたほうがいい。

 下痢や便秘が起こる病気は、過敏性腸症候群以外にもたくさんあるので、まずは内科や消化器内科を受診するといいだろう。特に、便に血が混じっていたり、体重の減少が大きい場合は、精密な検査を受ける必要がある。そこで異常が発見されず、症状が続いて強いストレスを感じるようであれば、心療内科や精神科の門をたたいてみるのも手だ。


信頼できる心療内科に相談するのも一案

 心療内科や精神科では、まず専門的なカウンセリングを受けられるし、下痢止めや腸のケイレンを止める薬など、対症療法的な薬だけでなく、必要ならば抗不安薬、抗うつ薬を処方して、精神的な苦痛を和らげる方法も一緒に考えてくれる。

 「実際、何年も思い悩んでいた症状が、精神的な薬の服用で、治ってしまうケースも見られますので、怖がらずに受診してみてください。心療内科や精神科を自分で探すのが難しい場合は、最初に検査を受けた内科や、かかりつけの病院で、紹介してもらうといいでしょう」

 カウンセリングを受ける際は、自分の生活や症状をいかに細かく伝えられるかが、その後の治療を左右するので、毎日メモをとっておくと、かなり役立つ。食事や喫煙、飲酒の頻度、便通異常がいつころから始まり、どの程度の頻度で起こるのか、市販薬やサプリメントなどを使用しているなら、持参してもいいだろう。

 「過敏性腸症候群は、神経質で真面目な性格の人に多い症状だと言われますが、性格を変えるというのは、極めて難しいことです。いきなり根治を望むより、まずは“上手に付き合う”くらいの気持ちでいたほうが、治療もうまくいきますよ」

 早急な改善より、セルフコントロールカを身につけることのほうが、長い目で見れば大切なことなのかもしれない。

過敏性腸症候群になりやすいタイプとは?

過敏性腸症候群の兆候は、比較的早いうちから出始めるという。10代のころから胃腸が弱かった人が、社会人となって仕事上のストレスにさらされ、症状が悪化するケースも少なくない。胃腸は「考える臓器」といわれるくらい、精神的なストレスと関係が深く、便通異常は代表的なストレス疾患のひとつなのだ。

 

過敏性腸症候群かと思ったら、違う病気だった?

慢性的な下痢や便秘が続く病気は、過敏性腸症候群だけではない。代表的なのが、「潰瘍性大腸炎」で、初期症状は下痢や便秘を繰り返すが、症状が進むと血便が出たり、下血することもある。原因不明で治りにくく、この病気も精神的なストレスが誘因となると言われている。また、過敏性腸症候群と同時にある種の精神疾患、たとえば、うつ状態や、閉所恐怖症などを合併しているケースもある。これらは、消化器内科では診断できないため、見過ごされやすいが、精神疾患をかかえたままでは、症状の改善は難しい。下痢止めなどの対症療法で、いつまでたっても症状がよくならない場合は、一度、心療内科や精神科の診察を受けることをおすすめしたい。

腸の不快症状を予防するには、
日常生活のセルフコントロールが必須

過敏性腸症候群の原因はストレスだけではない。食生活や睡眠など、生活リズムの乱れは、腸の症状にも大きく影響してくるのだ。心身両面のセルフコントロールを身につけ、バランスのいい生活を送ることこそ、予防&治療の第一歩。

 消化器内科でも、心療内科でも、過敏性腸症候群の治療として最も重要視されているのは、ライフスタイルや生活環境の問題点を改善することだ。もちろん、一朝一タに変われるはずはないが、睡眠、食事、適度な運動といった基本的なことをコントロールすることこそ、遠回りなようで、実は治癒へのいちばんの近道だと言えるだろう。

 最近では、下痢や便秘によく効く市販薬も多く発売されているが、対症療法だけに頼っていては、根本的な治癒は遠い。薬で症状を抑えることは、ストレスの悪循環を断つことにもつながるが、薬を持ち歩かなければ不安でしょうがない、という状態になってしまっては、本末転倒だ。何もかも一度にやろうとすると、あとが続かなくなるので、可能なことから少しずつ始めてみよう。

 まずは、早起きを心がけ、朝食後のトイレタイムを確保するというのはいかがだろうか。一度トイレに行ったという事実が、通勤時の安心につながるし、規則的な排便の習慣もつく。

 また、規則正しい食生活も、腸の健康には欠かせない。昼食、タ食が不規則になりがちなら、せめて朝食はいつも決まった時間に摂るようにしよう。タバコやコーヒー、アルコール、辛いものなど、刺激物の摂りすぎは、腸の正常な働きを阻害することがあるので、控えたい。


症状からメンタル的な問題を発見できる?

 生活習慣を見直したり、運動したりすることで、体のほうからアプローチする方法とともに、精神的なアプローチも、過敏性腸症候群の予防・治療には欠かせない。といっても、専門的な治療は医師に任せて、自分でできる方法を考えてみよう。そのためにはまず、正面から自分を見つめる必要がある。赤坂クリニックの貝谷さんは言う。

 「過敏性腸症候群にかかる人は、日ごろから自己主張をすることが少なく、人目を気にする人が多いので、自分が本当は何を望んでいるのか、わからなくなっているのかもしれません。でも、心と体は鏡のようなもので、無意識のストレスが症状となって現れているのです。医者がこんなことを言うのはおかしいと思われるかもしれませんが、たとえば、こう考えてみてはどうでしょう。便秘のときは、人知れず不満を溜め込んでいるのかもしれない。下痢のときは、身の回りで起こっている物事を消化しきれていない=納得できていないのかもしれない。吐き気が起こるなら、ムカつくことがあるのかもしれない、と。案外、思い当たることがあるのではないでしょうか。これらはあくまで一例ですが、専門的な知識などなくても、自分の体としっかり向き合っていれば、自然に心とも向き合えるようになると思いますよ」

 漠然としたストレスの正体を明確にしていき、ひとつずつ立ち向かっていけば、いつか必ず道は開ける。一人で立ち向かうのがつらいなら、カッコつけずに人を頼ればいいのだ。友達、同僚、医師でもいい。相談相手を見つけることも、この病気の予防と治療には重要なことだ。

心療内科・神経科 赤坂クリニック理事長

貝谷 久宣

ゲイナー 第16号 P176-178(9月号)2005