子どもの不安障害とパニック障害

医療法人 和楽会 パニック障害研究センター代表

貝谷 久宣

健康教室 2010年11月,通巻907号 P58-61

はじめに

 最近の疫学研究によると、パニック障害に何らかの不安障害が併発している、またはしていた割合は9割以上です(図1)。パニック障害の好発年齢は、男性では20歳台、女性では30歳台といわれます。子どもの不安障害のうち、パニック障害は1割以下で、それほど多くありません。
 不安障害の中では、パニック障害は最も重症で究極の不安障害といえます。また、不安障害は家族性に発症することが多い病気です。パニック障害を例にとりますと、患者さんの親・同胞・子どもの5人に1人は同じ病気がみられます。
 本誌の読者は主に学童期、思春期の子どもを扱う専門職の方々が多いので、まずパニック障害の発症前にみられるいろいろな不安障害について、発症年齢の若い順から略説していきます。

種々の不安障害

1.ひとみしり
 恐怖とか不安といった感情は生後6か月前後に初めて出てくるといわれています。そして、愛着対象である母親とそれ以外の人との区別がつくようになると、母親でない人に対して恐怖心を抱きます。これは個人差が強いですが、親が神経質な場合には極端に他人を怖がります。ひとみしりの強かった子は、その後、対人恐怖が出てくる割合が非常に高いという研究があります。

2.分離不安障害
 自立心が育まれていく過程で母親から離れることに異常な不安を抱く子がいます。初めて母から分かれて保育園に置いておかれるときに泣く子は多いですが、これがかなり長期に続けば病的であるといえるでしょう。パニック障害は幼少時に分離不安があった人が多く、またパニック障害の子どもにも分離不安障害が多いという報告があります。

3.特定の恐怖症
 ある特定の対象または状況(例:暗所、高所、閉所、動物、注射、血を見ること)に対して、過剰に恐怖感を持続的に持つ状態です。ヘビとか視線などに対してヒトは本能的な恐怖を持つこともわかっています。

4.選択的絨黙
 普段は話すことができるのに、特定な社会的状況(例えば学校)では一貫して話すことができない状況です。

5.過剰不安障害
 成人の場合は「全般性不安障害」といわれている状態で、現実には存在しないようなことを予期不安し、それにいつまでもこだわり本来の生活に大きな支障をきたす状態です。たとえば、両親が死んでしまったらどうしようとか、些細な体調の変化を大変な出来事のように思い、悩み続けます。学童期前から出現します。

6.強迫性障害
 不適切で意味のないこととわかっていてもある事柄に注意が集中し、それが自分の意思に反し出現して、不安を持ち続ける状態です。すなわち、激しく病的にこだわる状態です。手を洗ってもまだ汚れているという不安から抜け出せず洗い続けたり、施錠したかどうか不安になり何度も確認するなどの強迫行動や、不吉な考えを取り払えないといった強迫観念としても出現します。小学生頃からみられます。

7.社交不安障害(対人恐怖)
 他人から自分の容貌や能力が劣ってみられているのではないかという恐怖症です。結果的に注目される状況を忌み嫌い、避けます。また、そのような状況に立たされると、精神的緊張とともに身体的不安症状(例:赤面、手足や声の震え、顔や全身のこわばり、心悸亢進、発汗など)がみられます。自我が芽ばえる小学校高学年から中学生に発症することが多いです。

8.広場恐怖
 高校生ぐらいからみられます。満員電車に乗ると気分が悪くなって途中下車してしまうといった軽い状態のときは、見逃されることがよくあります。広場恐怖では、パニック発作が出ることを恐れ、すぐ逃げ出せない状況や、助けが得られない状況を回避します。

9.パニック障害
 青天の霹靂のことく突然パニック発作(*)が出現し、それを繰り返すと、“またあの発作に襲われるのではないか”という予期不安が強くなり、そのために生活上の支障が出てきます。多くの場合、発作を経験した状況を恐れ回避する広場恐怖が7割以上の人に出ます。この広場恐怖のために不登校になる児童生徒が結構多くいます。発作が治まっても感受性が敏感になり、情動不安定になることが多いです。パニック障害は、早い場合は小学校3年生前後に発症することがありますが、一度おさまって20歳過ぎに再発する例も多くみられます。

実際の事例

受診中のパニック障害の父親に連れられて来院した小学校3年生の女児

 遊んでいるときに訳もなく急に不安になり泣き出す、学校・教室内に長い時間いられない、匂いに対する気持ち悪さのため食事があまりとれない、といった訴えで受診した。小学校1年生の5月、給食が始まるときに泣き始めた。小学校2年生、学校で給食時間以外でも泣くようになる。以来、母が同伴で通学。一人になることができない(分離不安障害)。小学校3年生になり、匂いに過敏になってきた。また、吐き気と心悸亢進があるといって教室から突然飛び出すことがあった(不全パニック発作)。少量の向精神薬による治療を開始し、1か月後には料理の匂いを嫌うことはなくなり、一人で学校に行くことが増えた。8か月後には、突発的な自律神経症状(不全パニック発作)は消え、明るくなり、一人で登校し、給食も食べて帰るようになった。その後も、セロトニン再取り込み阻害薬を少量服薬し続けて、中学を無事卒業できた。

 ある研究によると、パニック障害になった3割前後の人は、発症前に次のような体質特性が3つ以上認められたと報告されています。

@突発性の自律神経症状
A病気に対する著明な恐れ
B別離に敏感
C慣れ親しんだものや状況からの別離が難しい
D安全の再確認を要求する
E刺激性の飲み物や食品に過敏

 この事例では
@BEが認められ、父親がパニック障害であることも含めて、将来パニック障害が発症する危険性が高い学童でした。成人のパニック障害の患者の幼少時を聴取すると、この症例に類似した症状がしばしば明らかになります。ですから、パニック障害発症前に十分に長期間、維持療法をすることが大切です。多くの専門医は小児に向精神薬を用いることに慎重ですが、筆者の経験では大きな支陣はありません。誰からみても明白な心因がある場合を除き、精神的原因を探し過ぎても治療的には大きなメリットはありません。
 小児期にひとたびパニック障害を発症してしまうと依存性が増し、わがままになり、対応に大変苦労し、学業が満足に続けられないことがあります。不安障害をできるだけ早く発見し、(慢性の疾患ですから)適切な薬物療法を続けられるかどうかで、その児童生徒の人生行路は大きく変わると筆者は考えています。不安障害は理由のない不安が出る病気ですから、表現力の乏しい年少者にとって、はっきり診断されない状態が長期間続くと、そのために好ましくない性格変化(孤独、人間不信、無感情、不機嫌、暗いなど)を示すようになります。

まとめ

@子どもの不安障害は意外に多い
 児童の約1割が何らかの不安障害を持っているといわれています。
A早期発見・早期治療が大切
 成人の不安障害の半数以上は児童期に発症しています。
B児童期の不安障害は診断名がはっきりと当てはまらないことが多い
C家族に不安・抑うつ疾患を持つことが多い
D不登校の子を見たら、まず不安障害を疑う
 分離不安障害のために親から離れられない? 広場恐怖のために教室にいることが辛い? 対人恐怖のために友人の輪の中に入れない? 過剰不安障害のために吐き気や、頻繁な尿意や便意があり教室にいられない? 強迫性障害のために登校前の確認が激しく家を出られない? パニック障害のために感情過敏となり友人との人間関係がうまくいかない? などなど。
E対応はカウンセリングよりも医学的治療(薬物療法も含めて)が重要

参考文献

久保木富房、不安・抑うつ臨床研究会編:子どもの不安症―小児の不安障害と心身症の医学、日本評論社、東京、2005
貝谷久宣:私の不安体験
〜小学校入学以前〜http://www.fuanclinic.com/qss_pdf/VOL.47%202007%20WINTER.pdf
〜小学校以後〜http://www.fuanclinic.com/qss_pdf/VOL.48%202007%20SPRING.pdf