嘔吐恐怖症は社会的生活に大きな支障

段階的曝露療法が有効

医療法人和楽会 心療内科・神経科 赤坂クリニック理事長
 
貝谷 久宣

Medical Tribune Vol.44, No.23, p46

 嘔吐恐怖症は、発症すると、回避行動や安全確保行動が認められるようになり、電車やバスなどの公共交通機関に乗れない、酔った人や具合の悪そうな人を避ける、生ものや特定の食品を食べないなど社会的生活に大きな支障が生じる。パニック障害と対人恐怖の性格を両方含むのが特徴で、米国精神医学会の Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders (DSM)-W-TR では、特定の恐怖症に分類されている。先駆的に治療に取り組んでいる医療法人和楽会心療内科・神経科赤坂クリニック(東京都)の貝谷久宣理事長に同恐怖症の概要と治療法について聞いた。

パニック障害の症状として多発

 嘔吐恐怖症の研究はまだ開始されたばかりであるが、貝谷理事長は長年の臨床経験から、「パニック障害の症状として発現することが多い」と指摘する。同理事長は「不安はもともと防御反応として生理的に備わったものとすると、生理的生存に対する不安がパニック障害であるので、社会的生存に対する不安は対人恐怖となる。嘔吐恐怖症は、パニック障害と対人恐怖の性格を両方含むのが特徴である」とする。

 パニック障害に伴うパニック発作は13症状指摘されているが、そのうちの1つが吐き気である。嘔吐恐怖症の典型的な症例は、パニック障害が主診断である患者が、薬物療法によりほとんどのパニック発作症状が治癒するものの、嘔吐恐怖のみが残るという経過をたどるという。

 また、パニック障害とは無関係に過去に人前で嘔吐した経験がトラウマとなって発症する症例も多く、トラウマと無関係に発症する例もあるという。

発症状況により3類型に分類

 このような症例に関して、南平岸内科クリニック(北海道)の野呂浩史院長らが考案した分類法では、
@タイプT:パニック発作の症状で嘔気症状が強くて発症するものAタイプU:パニック発作と関係のないかぜや胃腸炎などの身体症状により嘔吐した際に発症するものBタイプV:嘔吐した際に羞恥心や他者から拒絶されたことにより発症するもの―とされている。

 タイプ別に、嘔吐恐怖症の幼少期・思春期の特徴を見ると、虚弱体質の傾向がタイプTとタイプUに、給食を残すなど食が細い傾向がタイプTに、神経質の傾向がタイプVに認められるという。

 まだ認知度が低くて治療の対象とされにくいため、「嘔吐恐怖を発症してから医療機関にかかるまでが長期間にわたり、10年を超える場合も多い」と言う。一方で、嘔吐恐怖症を発症後、実際に嘔吐した経験のある患者は少ないという。

ケースフォーミュレーションを作成

 貝谷理事長は嘔吐恐怖症の治療には、「特に曝露療法が適している」とする。20〜30分以上同じ刺激にさらされていると不安に対する順化が生じるが、順化を繰り返すことで十分な低減をもたらす方法が曝露療法である。

 同クリニックでは、曝露療法に先立ち、ケースフォーミュレーション(CF)を作成している。CFは、心理療法でカウンセリングを受ける患者がどのように問題を形成してきているのかという過程に注目し、個別状況における問題や障害の学習メカニズムに注目するアプローチであり、認知行動療法で多用されている。

 まず、患者の背景要因について、神経質などの不安体質や発症の契機となったトラウマ的体験を調べる。そして破局的認知を維持していることで障害が強化されているかを調べる。破局的認知には、「少しでも気持ち悪くなったらそれは嘔吐の徴候である」などがあり、嘔気、動悸、発汗など身体感覚の過敏性の原因となる。

 身体感覚が過敏になると、食事量の制限、マスク着用などの安全確保行動に加え、嘔吐に関連する場所を避ける、嘔吐シーンを見ないなどの回避行動が生じ、再び身体感覚の過敏性が促進されるという悪循環が生じる。同理事長は「患者とセラピストが共同でCFを作成することにより、以上のような悪循環が明らかになる」と説明する。

 続いて事前検査を行う。一般的な心理検査としては、自己評価抑うつ尺度(Self-rating Depression Scale;SDS)、状態不安検査(SATI-1)、特性不安検査(STAI-2)、不安感受性尺度(ASI)、社会不安障害の評価尺度(Liebowitz Social Anxiety Scale;LSAS-J)、社交不安障害尺度を使用している。

 嘔吐恐怖症に特化した嘔吐恐怖尺度による検査も行っている。これは、東京家政大学の福井至教授が開発した尺度で「嘔吐のことについて考える」など35項目について、「全く心配しない」を0点に「非常に深刻なほど心配になる」を100点として患者に評価してもらうもので、さらに総合的な重症度評価も行う。

8例中、改善は3例、やや改善が5例

 曝露療法で不可欠とされる不安階層表の作成も行う。これは、「マンガの嘔吐シーンを見る」などの項目について、一番強い不安を100とした場合、どの程度の不安を感じるか数値で示すよう指示し、数値が一番低い不安項目から順に克服課題とする。

 嘔吐に関する正しい知識や、恐怖感の発生と維持について、また曝露療法について学んでもらい、呼吸法、漸進的筋弛緩法などのリラクセーション法について習得してもらう
(表)

 以上のような準備を終えて段階的曝露療法に入るが、同クリニックでは、ソフトウエアを用いた曝露療法を行っているのが特徴である。

 曝露療法後、心理検査、嘔吐恐怖尺度不安階層表で測定を行った結果、8例中3例が改善、やや改善は5例であった。パニック障害が併存している嘔吐恐怖症の方が嘔吐恐怖症のみと比べて治療が難治化されるなどの特徴が認められたという。

ソフトウエアによる嘔吐恐怖症治療が奏効

 同クリニックは、わが国でいち早く嘔吐恐怖症の治療を開始したことで知られるが、治療法も独特のソフトウエアを使う段階的曝露療法により大きな成果を上げている。

 わが国では、嘔吐恐怖症を治療するクリニックが少なかったが、同クリニックでは、福井教授とソフトウエアを制作し治療を発展させている。

 現在、同クリニックで使用しているソフトウエアには、特定の恐怖症に関する説明、リラクセーションによる恐怖の緩和方法の解説に加え、嘔吐場面を想起させる文字、イラスト、写真、音声、動画が含まれている。最初に「嘔吐」などの文字から始め、次第にイラスト、写真、音へと進み、最終的には動画を曝露する。

 ソフトウエアを起動させると、最初小さく表示されているスライドが次第に大きく表示されるが、患者自身がスライドが大きくなるのを停止させることができる
(図1)。貝谷理事長によると「最初、患者は怖くて診察室の入り口など遠くの方から見るぐらいがやっとであるが、段階的に克服できるようになる」と言う。曝露療法は、集中的に行うと効果的であるという近年の研究結果を踏まえて、3日間にわたり3時間、3時間、4時間の計10時間行う集中コースが開かれている。

3D画像で飛行機恐怖症、雷恐怖症も治療

 貝谷理事長は「トラウマが強い患者については、曝露療法以外に、眼球運動による脱感作および再処理法(Eye Movement Desensitization and Reprocessing;EMDR)を行ったり、認知行動療法を行うことも多い」と言う。EMDRは、眼球を動かすことにより不快な記憶を処理する治療法である。

 人の多い場所を恐れる「広場恐怖」を伴う患者の場合、電車に乗れないなどの症状が見られるため、数例の患者とセラピストが一緒に電車に乗ったり、駅のトイレに入るなどの集団療法も行っている。そのほか、嘔吐物を見て片付けるなどの患者に合わせた曝露療法が行われている。

 また、3D画像を用いた飛行機恐怖症、雷恐怖症の治療も行っている
(図2)。1カ月で延べ20例が診療を受けているという。