ストレス講座 〜その7〜

五感の医学

早稲田大学人間科学部教授
野村 忍

 21世紀は「こころの時代」あるいは「ストレスの時代」とも言われています。ストレスの多い現代社会の中で生活する人が、ストレス病に陥らず、心身の健康を維持し、あるいはストレスをバネとして心豊かな生活を送るためには、いろいろな工夫が必要です。ダイエットをしたり、スポーツをしたり、ジムに通って運動したりという人も多いでしょう。私事ですが、昨年末にモナコに行ってタラソテラピー(海洋療法)を体験してきました。海水を使ったジャクジー風呂や泥パックやマッサージなどで、007のボンドになった気分になり、実に何年ぶりかでリラックスした思い出が残っています。
最近は、音楽や絵画でもあるいはアイドルでも「癒し系」という言葉が流行っています。そこで、今回は人間の持つ五感に働きかける「癒し」の効用について述べてみます。


 古来中国では「医食同源」といって食は医薬以上に重用されていました。医薬は表面にあらわれた症状を軽減する効果がありますが、食は体質的に改善したり自然治癒力を増進するというより根本的な療法ということができます。代表的なものは中国の「薬膳」料理ですが、基本はなるべく四季おりおりの自然の物や無農薬・無添加の物を食べるということです。現代は飽食の時代とも言われ、飲み過ぎ・食べ過ぎやインスタント食品が大流行していますが、食の原点に立ち返ってみることも重要です。

見る
 ニューヨークのテロ事件の生放送は、映画以上に刺激的でした。アメリカでは、それ以来しばらくの間戦争・テロ映画が自粛されたとのことです。刺激的な映像は、ストレス解消にある意味では役に立つこともありますが、多くは一時的な効果でしかなくそれだけではかえって心の空虚感を増すばかりです。よい絵画や映像、自然の風景を見て感銘を受けることは、砂漠の中のオアシスのような効果があります。

聞く
 ダビデが竪琴をかなでてサウル王を癒したように、音楽は古くから療法として用いられてきました。最近になって、音楽療法が注目を集め、CD屋さんに行くと「眠れない人のための音楽」や「リラックスするためのビデオ」などが山積みになっています。個人の好みの差やその時の気分の違いはあるにしても、好きな音楽をゆっくり聞いたり、たまには演奏会に出かけてみるのもよいでしょう。

香り
 これも古くから、香道や匂い袋などさまざまなものがあります。最近は、アロマテラピーといっていろいろな香りを演出できるグッズも市販されています。一般には、ひのきやハーブの香りがリラックスすると言われていますが、これもかなり個人差があります。自分にあった香りを楽しむのは大変リラックスするもので、一度試してみるのはいかがでしょう。

触れる
 指圧やマッサージは触覚に働きかける癒しの代表的なものです。最近では、街角でクイック・マッサージなどの看板をよく見かけますが、中にはいいかげんなものもありますから評判のよい所を選んだ方が賢明です。また、温泉やクアハウス、健康ランドなどで、打たせ湯やジャクジー風呂に入るのも一法です。

 以上、五感に働きかける療法について述べてきましたが、これらは機械化された現代社会の中で失われた人間性を回復するのに大変役に立つものです。ただし、多分に経験的なものが多く、実証に乏しいために近代科学からは置き去りにされてしまった感があります。これからは、こういう「癒し系」の療法について、経験論だけではなく、きちんとしたデータを積み重ね、本当に効果のあるものを提供して行くことも「心の科学」の大きな課題と言えます。

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ケ セラ セラ<こころの季刊誌>
VOL. 28 2002 SPRING