ストレス講座 〜その11〜

スランプからの脱出法

早稲田大学人間科学部教授
野村 忍

 プロレスの話ですが、何年か前に長州力というトップレスラーが調子が悪くなって、若手にころころと負け出すようになり自信を喪失したことがあります。当時の社長であったアントニオ猪木に引退を申し出ましたが、その時、猪木は「人生、山あり、谷あり」と言ったそうです。長州はその言葉を聞いて一念発起し猛烈な練習をして再び活躍するようになりました。長い人生には、いつも順風満帆という時ばかりではなく、苦しい時、つらい時、めげそうになる時と様々です。調子のよい時は、だれでも気分よく快調に仕事もはかどりますが、いったん調子をくずした時にこそ人間の真価が問われるものです。

 麻雀というゲームがありますが、将棋や囲碁などと違うのは運が大きく作用するというところです。快調な時にはどんどんいい牌が集まってきて、ほいほいと上がれてしまいます。ところが、いったん不調になるとどんなにいい手がきても、相手に先に上がられてしまったり、役満を聴牌っているのに安手に振り込んでしまったり、チー、ポンすると相手にいい牌を流したりと散々な目にあってしまいます。こういう時には、場所変えをしたり、ちょっと休憩して気分をリフレッシュすると意外と早くいやな流れを変えることができます。

 スランプの時に、いかに早く脱出するかのスキルを身につけることは、ほかの社会的スキルを身につけることと同様にあるいはそれ以上に重要です。スランプは、突然にやってきます。それに気がついてあわてふためくとますます深みにはまり込みます。溺れるものはワラをもつかむと言いますが、じたばたするとよけいに溺れます。むしろ、いったんもぐってそれから顔を出すと案外簡単に脱出できるものです。それでは、どうやったらスランプから脱出できるかを考えてみましょう。

 巨人の原監督が就任する時に、まず最初に父親であり野球の師でもある原貢氏に相談に行きました。原貢氏は、「夜、枕の上で考え事をするな。朝、背筋をのばして考えろ。」と言ったそうです、これは、実にスランプを脱出するための名言です。不調に陥った時には、寝る時に「あーでもない、こーでもない」とあれこれ思い悩み、たいていは悲観的なことを次々と考え、だんだん暗くなって、睡眠不足になり、ますますよい知恵を思いつかないという悪循環を繰り返します。むしろ、ぐっすりと眠って、頭がすっきりしたところで姿勢を正して考えると名案を思いつくというわけです。そういえば、現役の終わりころの原選手は控えが多くなりベンチで暗い思いつめた表情が印象的でした。

 コーチ時代もプレッシャーを感じながらやっていたように見うけられました。ところが、昨年の開幕で阪神に連敗した時に、むしろ晴れやかな表情でインタビューに応じていましたので、私は昨年の巨人に優勝の◎印をつけたものでした。

 悪循環を断つ方法としては、「ストップ 力ード」があります。名刺やテレ力あるいはパスネットカードにマジックで大きく「STOP!」と書いてポケットに入れておきます。そして、何か悩み事があったり、暗くなったり、考えが堂々めぐりを始めたら、「ストップ カード」を取り出して3秒間じっと見つめて下さい。人前でなければ、「ストップ!」と声に出して下さい。そうすると、うそのように新鮮な気分になって、よい考えが浮んできます。このストップ法(思考中断法)は、もともと強迫神経症の治療として考案されたものです。強迫とは、自分でも不合理だという考えが次から次へと浮かんできて、それを自分でコントロールできないという症状です。そんな時に、「ストップ」と叫んでみるとその一瞬にして不合理な考えから抜け出られるというものです。これでスランプをうまく脱出できたら、記念にオリジナルなストップ力ードを作って友人にもくばりましよう。

ケ セラ セラ<こころの季刊誌>
VOL. 32 2003 SPRING