ストレス講座 〜その27〜

ストレスと温泉療法

早稲田大学人間科学学術院教授

野村 忍

温泉療法の歴史

 ストレスがたまると「温泉でも入ってゆっくりしたいなー」と考えることがよくありますね。プロ野球選手もシーズンが終わると温泉で休養して心身の疲れをとる場面が報道されたりします。そこで、温泉の効用について考えてみましょう。歴史的には、ヒポクラテスの時代から水浴が治療に用いられていましたし、ローマ時代の水治療法も有名です。日本でも、神話の時代から温泉が療養に用いられたという記述が残っています。空海が発見した「弘法大師の湯」とか、「信玄の隠し湯」とか数多くあり、戦傷兵に温泉療養を積極的に行ったと考えられています。近年になってさまざまな疾患の治療にも温泉が利用されるようになり、難病の治療やリハビリなど幅広い方面で活用されています。

温泉療法とは何か

 温泉療法には、
@温泉入浴の効果、A温泉地という自然環境の効果、B日常から離れるという転地効果、C湯治場で知り合った新たな出会い、などが含まれています。温泉自体の効果については、その泉質が大きく作用し、その含有量によって食塩泉、炭酸泉、硫化水素泉、硫黄泉、鉄泉、ラドン泉などに分類され、それぞれ効用が違います。温泉場には効能書きが必ず掲示されていますので、その成分や効能、注意事項についてよく読んでから入るとよいでしょう。

 最近は都心でも次々と温泉が開発されて手軽に利用できるのは良いことですが、やはり自然の中で温泉につかるというのが心理的な効果があります。喧騒の中で忘れてしまいがちな五感を目覚めさすという点では、自然環境は欠かせないものです。雄大な山々、緑あふれる木々、小川のせせらぎ、小鳥のさえずり、とれたての野菜を食することなど、日常生活からの脱皮には大変役に立ちます。また、温泉地の地元の人とのふれあいや何気ない会話の中に新たな発見をすることも多いかもしれません。

生活習慣病の予防に役立つ

 さて、このように「温泉は良いもの」というのは万人に共通する認識でしょうけれども、本当に効果があるかどうかを科学的に検 証する段になるとなかなか大変です。以前の研究で、軽度の生活習慣病の人を対象に5日間の温泉セミナーのプログラムを実施したことがあります。温泉入浴はもちろんですが、自然散策、水中運動、クッキング実習、ストレス解消講座や自律訓練法の実習など盛りだくさんな内容でした。その結果、体重の減少、血圧の低下、血中コレステロールの低下などの身体的効果と同時に気分調査表POMSの測定によって気分の改善という心理的効果も得られました。そして、その後も運動習慣や節酒・禁煙などの生活習慣が改善したことが観察され、生活習慣病の予防に役立つことが証明されました。また、最近の研究では、栃木県A温泉で近隣の人に10日間毎日温泉入浴に通ってもらいその前後で尿を計測した結果、アルカリ単純泉入浴で抗酸化効果があることが明らかになり老化予防にも役立つことがわかりました。

温泉でうるおいのある生活を

 観光地の温泉に行くと休日はお客さんがいっぱいいて芋の子を洗うようでなかなかゆっくりできませんね。食事も和洋折衷でこれでもかというくらいに出てきますし、最近はバイキングスタイルも多く、流れ作業的に食べすぎてしまい、あとは飲みすぎてバタンキューというのではかえって体に良くありません。ひなびた温泉で、できれば平日に何泊かゆっくり、周りの自然を散策しながら、山菜そばを食べて、その土地の文化や歴史にも触れるというのが理想でしょう。

 ストレスを抱えながら現代社会で人間らしく生きてゆくためには、さまざまな工夫が必要です。仕事に情熱を持ってがんばるのも 結構ですが、時にはこころと体をゆっくり休養させ、うるおいのある生活をすごしたいものですね。

ケ セラ セラ<こころの季刊誌>
VOL.48 2007 SPRING