「パニック障害と社会恐怖の関連性」

宮前義和 1)2) 貝谷久宣 1)

1)なごやメンタルクリニック
2)早稲田大学人間科学研究科

第17回精神科診断学会1997年11月15日

 近年パニック障害と社会恐怖の合併が注目されるようになってきました。本研究では私達の経験した症例を示して、パニック障害と社会恐怖の関連性について考察いたします。まず文献を展望します。 この表は社会恐怖を基にした場合のパニック障害との合併率をまとめたものです。生涯合併率は4.7%から54%の間の報告があります。我々の経験した社会恐怖患者61名では11%の生涯合併率が認められました。面接時合併率は2.7%から45%の報告があります。

 このではパニック障害を基にした場合の社会恐怖との合併率をまとめています。生涯合併率は20%と報告する研究と40.7%と報告する研究があり、比較的高い合併率が示されています。面接時合併率は6.4%から46%と報告されています。Liebowitz et al(1985)は2次的社会恐怖という概念を示しています。彼の言う2次的社会恐怖とは、パニック発作を人前で起こして恥をかいたり困惑することを恐れて、しばしば社会的状況を回避することです。例えば会議など人前で話をする際にパニック発作を起こして恥ずかしい思いをすることを恐れる患者がいます。この患者は広場恐怖をともなうパニック障害ですので、パニック発作を起こしておかしくなった自分を見せたくないという訴えは2次的社会恐怖と考えられます。 2次的社会恐怖も社会恐怖の合併とみなすStein,M.B. et al(1989)やStracevic et al(1993)の研究は合併率を40%以上と報告しています。しかし、厳密には2次的社会恐怖は社会恐怖の合併と見なすべきではないでしょう。このような考えのSavino et al(1993)は6.4%という低い合併率を示しています。我々の経験したパニック障害患者でも2次的社会恐怖は比較的多く見受けられます。

 次にパニック障害と社会恐怖の発症順位をみたいと思います。2次的社会恐怖も合併例とみなしているStracevic,et al(1993)の研究ではパニック障害と社会恐怖それぞれ先に発症した割合は50%ですが、それ以外の研究ではパニック障害が先に発症する合併例は大変少ないようです。我々の経験した合併例ではすべて社会恐怖の発症が先でした。パニック障害が発症した後に2次的社会恐怖ではないプライマリーな社会恐怖が発症した例が見あたらなかったという事実は両障害の疾病論的位置づけを考える上で意味があるように思えます。

 それでは次に私達の経験した症例で具体的に合併例を示したいと思います。

 症例 初診時30歳 男性 以前から人前で話をするのは嫌だったが、28歳の時に緊張が強くて大勢の人前で話をする機会を避けてからスピーチ不安が出現した。スピーチ時には動悸、声の震え、吐き気といった症状が出現するようになった。 初診時より2年近く経過した32歳の時である。夜、家でテレビを見ていたら急に息苦しさ、震え、冷や汗、窒息感、しびれ、熱感、胸痛を経験した。そして死ぬのではないかと思い救急車を呼んだ。この最初のパニック発作以降、週に2、3回の割合でパニック発作を経験するようになった。発作が起きるのは夜、ソファで横になっている時が多い。パニック発作発症後はスピーチ不安よりも突然息苦しくなるパニック発作の予期不安の方が強く激しい。なお、この患者は幼少時から高所恐怖でジェットコースターには乗れないという。 この症例では28歳時に発症した社会恐怖の治療中、32歳時にパニック障害が出現しました。次に社会恐怖、パニック障害の既往歴のない広場恐怖、広場恐怖をともなうパニック障害という状態を順次示した症例について述べます。

 症例 初診時27歳 男性 高校1,2年生時のことである。たまたま予習していて数学の難問が解けた。クラスでワーッとひやかされた。それから自意識が強くなった。具体的に問題が出てきたのは高校3年生の時だった。人前で本を読んでいる時に血の気がひくような感じがして不安になり、息苦しくなって、声が震えそうになった。人前で話をすることを恐れるのは専門学校に進んでからも変わらなかった。そのうちに宴会でコップを持つ手が震えた。それからは宴会も避けるようになった。自分なりに問題を感じてノイローゼの本などを読んだ。その中にトイレに行きたくなるため電車に乗れない例があった。それをそのまま真に受けたのではないが、専門学校2年時に急行電車に乗っていてトイレに行きたくなった。それから電車に乗れなくなった。急行のみをはじめは避けていたのだが、そのうちにトイレと切り離され長期間逃れることのできない空間を恐れるようになった。結局家から出られなくなってしまった。 その後、21歳時新幹線に乗車している最中に2時間ここから出られないと思ったらいいようのない不安を感じて、息苦しくなり、心悸亢進、震え、気が狂うのではないかと感じた。最初のパニック発作である。その後パニック発作は電車など一定時間拘束されるような状況で起きる。現在は人前で話をする際、体調によっては不安になることもあるが大したことはない。社会的状況を恐れる気持ちはない。 これは18歳時に社会恐怖、20歳時に広場恐怖、21歳時にパニック障害が出現した症例です。 以上の2つの合併例はいずれも社会恐怖が先に発症しています。ところで、Rosebaum et al(1994,1991)が興味深い仮説を立てて研究を行っています。その仮説とは不安障害に発展する生得的な傾向として不安気質を仮定するというものです。不安気質は乳幼児期に引っ込み思案(behavioral inhibition)として具体的に確認できるとされています。この仮説を参考にして次のスライドようにまとめてみました。

 にあるように4つの不安障害の基底に不安気質を仮定しています。パニック障害(2次的社会恐怖)は社会恐怖の心性を有する例としてこのように図示しました。 ところで、de Ruiter et al(1989)の研究で、パニック障害と特定の恐怖症すなわちsimple phobiaの合併例のうちパニック障害よりも特定の恐怖症が先に発症した合併例が40名存在したのに対して、特定の恐怖症よりもパニック障害が先に発症した合併例はわずか1名だけでした。考察の中で彼らは、広場恐怖を伴うパニック障害患者でパニック発作のファーストエピソードよりずいぶん前に特定の恐怖症を発症している者は多く、そうした早期に発症する特定の恐怖症はある種の「恐怖症傾向」(phobiaproneness)を反映しているのだろうと述べています。我々が経験しているパニック障害患者でも特定の恐怖症の既往のある例は比較的多く見受けられています。 パニック障害と社会恐怖の合併例で社会恐怖が先に発症する例が多いのはすでに見た通りです。症例1では社会恐怖の治療中にパニック障害が発症しました。また症例2では図にあるように社会恐怖、広場恐怖、パニック障害という順で発症していきました。 特定の恐怖症や社会恐怖はパニック障害よりも先に発症することが多いという事実は何を意味しているのでしょうか?特定の恐怖症や社会恐怖がパニック障害発症のリスクファクターになっているということかもしれません。あるいはこの図のように共通の基底を持ちパニック障害がより病理性の高い病態となっているのかもしれません。どちらなのかはわかりませんが、パニック障害と社会恐怖が共通の病因を有することを示唆する遺伝研究があります。両障害は遺伝的に区別できるという研究がある一方で、例えばHorwath et al(1995)の研究では大うつ病を伴わないパニック障害の発端者で第一親等内に社会恐怖の見られる割合は対照群と比べて有意に多く、精神障害のない発端者より第一親等内に社会恐怖を発症する危険性は5倍高かったという結果が報告されています。 次に緊張のない状態で予期せず身体症状を呈して発症した社会恐怖の症例を示します。

 症例 初診時53歳 女性 52歳時、親戚の葬儀があり記帳台にかがんで氏名を書く際に手がブルブル震えた。動悸がして心臓が口から飛び出しそうになった。何とか氏名は書けたが、どうにか読める程度の文字になってしまった。記帳をする前には知り合いと話をしており緊張しているということはなかった。手が震えるということは全く予想できなかった。 この時から結婚式や葬儀の記帳など人前で文字を書くことを恐れるようになった。人前で字を書くと聞くだけで不安になり手が震えそうになる。人前で字を書くような機会は極力避けるようにしている。 パニック障害と社会恐怖の合併例で社会恐怖が先に発症する例が多いこと、両障害の遺伝的関連性を示唆する研究があること、それにこの症例のように社会恐怖の中にはパニック障害と類似した発症機序を持つ例のあることを見てきました。以上から、社会恐怖の中にはパニック障害と共通の病因を持ちパニック障害に発展していくグループが存在するのではないかと考えられました。