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病(やまい)と 詩(うた)【55】②ードナルド・トランプと新型コロナウィルスー(ケセラセラvol.101)

東京大学名誉教授 大井玄

~①のつづき~

4月17日:ニューヨーク・タイムズ紙のニコラス・クリストフ記者は、WHOが中国に甘かった点はあるが、世界保健機関としての役割も果たしてきていると指摘した。たとえば、1月4日、コロナウィルスについての警鐘を鳴らし、月末には「国際的公衆衛生緊急事態」を宣言している。さらに2月に入っても緊急性の警鐘を鳴らし続けているのに、これを無視したのはトランプである。
クリストフは書く。「トランプはWHOの警告を無視するばかりか、『感染症は完全にコントロールされている』と言い張り、感染患者の数は減っていって『消えてしまう』と断言し、その一方では株価を上げる意図の発言をした」

4月24日:トランプは、記者たちに言う。「コロナウィルスは消毒薬に弱いから、それを注射したらよい。紫外線も効果があるよ」直ちに、消毒剤の製造元は、消毒剤を飲んだり、注射しないよう警告した。

5月8 -9日ニューヨーク・タイムズ紙(国際版)社説:「米国のCovid-19による死者が70,000人を超えたと伝えられた火曜日、トランプ政権は、コロナウィルスに対する第一段階での『使命は達成した』と宣言した。
明確に言うと、トランプ大統領とマイク・ペンス副大統領は、ペンス氏が監督してきたコロナウィルス対策委員会がパンデミックの制御に大成功を収めたので、今月をもってそれを解散し、アメリカが仕事に戻ることに専心する新委員会に代えることにした」

 

同社説は論じる。コロナ対策委員会は、ほとんどトランプ大統領のプロパガンダに利用されてきたものだ。廃止されようが、改組されようが実質的な変化はない。それは自分のための選挙運動である。「毎週何時間も自分の苦情を放送し、自画自賛し、企業家や官僚たちに自分のリーダーシップを称賛させ、ウィルスや政権の対応についてとんでもない情報を伝えてきた」そして、「パンデミックの山は越えたのだと言っている」

 

今後アメリカにおいて、コロナウィルスのパンデミックはどの様に推移していくのか?

虚言、誇張、無視、トランプ氏の自己宣伝術は、底が割れていても、その巧みさには感心せざるを得ない。

今回「コロナ対策委員会がパンデミック制御に大成功を収めたので、解散する」を読んで思い出したのは、山田風太郎「戦中派虫けら日記」昭和十八年二月十三日の「日本軍ガダルカナルより戦略的撤退!」という文言だった。

大本営は「作戦目的を達成せるを以て堂々転進を完了せり」と発表したが、風太郎は「日本軍が一度占領した地を敵に奪還されることもあり得るものか?」と不安に思う。

彼の不安は正しかった。ガダルカナル島に上陸した日本兵は約三万名だったが、撤退したのは一万名で、死者行方不明は二万名強だった。しかもそのうち戦死者は五千名で、餓死・戦病死者が一万五千名だったという。

米国のコロナウィルスによる死者は、すでに九万名に迫っている。トランプの無能はその何割に責任があるのか。
 
WHOにコロナウィルスによる犠牲の全責任を負わせるのは、犠牲者の数が多ければ多いほど、有力な選挙戦略である。国民は憎むべき敵を徹底的に懲らしめることを望んでいる。それが戦時の心理である。彼は「戦時大統領」を任じている。

そのために米国は、WHOへの拠出金を拒否し、WHOを屈服させなければならない。なんならそこから脱退しても良い。

人よりすこし長く歴史を見てきた呆け老人には、そんな幻像が浮かんでくる。

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