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マインドフルネスの臨床効果と脳科学⑫ なぜマインドフルネスで人生が変わっていくのか― 精神医学的考察(ケセラセラvol.106 貝谷久宣)その1

医療法人和楽会 理事長 貝谷久宣

前回は社会不安症があり嫁ぎ先でのストレスを背負い込み慢性的なうつになっていましたが、一念奮発してマインドフルネスに熱中し、どんどん改善していったA夫人の手記を紹介しました。
今回はこの臨床経過について精神医学的解説を加え、マインドフルネスの素晴らしさを皆様にお伝え致します。

A夫人はマインドフルネスで対人恐怖も慢性軽症うつ病も大変良くなりました。
その状況をこんなふうに書いています:
マインドフルネスを始めて、いつも私の中にはもう一人の自分が存在するようになりました。肉体として今を生きている自分と、それを俯瞰し常に冷静に物事を判断ができる自分です。生活の中で辛いこと苦しいこと、自分の苦手なことに直面すると、今まで通り緊張したり動悸がしたり発汗する事があります。今までとの違いは、その時に心まで全て持っていかれないということです。もう一人の自分が身体で起きている事を冷静に見つめています。なぜこうなっているのか、今何を一番にすべきなのかを慌てずに判断し、もう一人の自分に伝えます。すると元の状態に適度な時間で戻ることが出来ます。日々の生活の中でしっかり地に足がついて暮らしている実感があります。

この内容から、A夫人の社交不安は消失してはいないがそれに煩わされることが無いと、解釈できます。この状態は、自分の周辺と自分自身に広く深く注意や気付きを払っている状態でマインドフルアウェアネス(注意コントロール)が十分になされていると言えます。この注意コントロールはマインドフルネス効果の基本であり、この後説明する種々な心理学的効果の基礎となっています。では、引き続き経過を追ってマインドフルネス効果について解説していきましょう。

マインドフルネス開始20回目までで、“呼吸が整い、心が静まる感じ”を述べています。
呼吸が整うということは脳内の情動中枢である扁桃体の興奮性が低下してきていることを示しています。マインドフルネスの最初の自覚効果です。腹が立たなくなったとマインドフルネスの初期効果を表現する人がいます。これは扁桃体の活動性低下によるものです。

開始20回を超えて間もなく、A夫人は、“指先で拍動を感じる”と手記に書いています。これは内受容性感覚が鋭敏になってきたことを示しています。楽しみも悲しみを感じられなくなっていた失感情症の人が回復する兆しです。マインドフルアウェアネスがかなり行き届いてきていることを示しています。
その証拠に30回を超えた或る日、“自分の感情は私の生活には必要がなく、心の奥底にしまい絶対に開けないと固く決意をして暮らしていました。しかし、昨日のシェアリング中に突然その押し殺していた感情が出てきてしまいました”と書いています。また、“突然感情が抑えきれなくなり号泣。… フラッシュバックの様な事が起きる”とも書いています。
これは、マインドフルネス訓練により左右脳のバランスが変化し、感性的右半球脳を抑制していた理性的左半球脳の優位性が崩れて生じたものと考えられます。マインドフルネスによるこのような脳への影響は、このシリーズの第103回の「瞑想は脳の左右前後の連絡を密にする」で述べましたね。このような抑圧されていた過去の不幸な出来事が、意識に戻って再体験され(言語化)、その時に生じる感情の放出をカタルシスと言っています。

さらにA夫人は書き進めています:
“その後フラッシュバックが起こり、過去の出来事が写真のように何枚も思い出されました。子育て中も全く楽しくなく自分は母性に欠けていると苦しみましたが、フラッシュバックで見た心の写真では長男を愛おしく思う自分、次男が生まれて家族が増えた歓びで幸せだと感じている自分がいました。自身の幼少の頃、学生の頃の写真は自分の思いを理解されない苦しみから自分を押し殺そうと努力している姿がありました。マインドフルネス訓練を続けているうちに、封印していた自分自身の心の中の“生きたい”というエネルギーが出てきてしまいました。”

フラッシュバックの中では、辛かった日々の記憶が幸せだと感じて子供を育てる思い出に変化しました。押し殺していた陰性感情と記憶が一気に陽性感情で塗り替えられました。
そしてさらに、“今死んでも80歳で死んでも同じ”と思っていたのが、“生きたい”という強い生命力が沸き上がってきました。
このように拒絶的であった記憶を受容的記憶に変換する心的機構を認知再評価と言っており、陰性感情が陽性感情に変わる状況を感情コントロールと呼んでいます。この様相の根底には、自分の考えや感情を事実であると解釈するのではなく、それらから距離を取って、客観的な視点から捉えるという心的機構が働いていると考えられます。この心的機構を脱中心化と言っています。
A夫人はマインドフルネスについて次のように記しています:
“自分の生きる意味を教えてくれるものです。人間一人一人が、大切な存在であり、自分自身で自分を大切な存在であると心から思えるようになる方法のひとつです。”

さらに、A夫人は、
“自分のことではなく、周囲の人達の助けになりたい、皆に幸せになって欲しいという気持ちが強くなる。”
と書いています。A夫人は元来優しい人であったのですが、自分の苦しみが薄らいできて、このように利他的な気持ちが強くなってきました。これも、その理念の根底に仏教を持つマインドフルネスの効果であると考えられます。
A夫人のように、逆境に直面したときにマインドフルネス訓練の導入が、ポジティブな情動調節を行い、最終的には、人生において快いこと、成長を促すこと、意味のあることを持続的に持てる状態を可能にすることがあります。このような状態を「Posttraumatic Growth 不幸なライフイベント後の心的成長」(Tedeschi & Calhoun, 2004)と言っております。このプロセスは、価値観に基づいた行動を動機づけ、より深い目的意識と自己実現を生み出すものであり、快楽を得ることや苦痛を避けることに依存するヘドニックhedonicな幸福へのアプローチではなく、いわゆる、ユーダイモニック・ウェルビーイング eudaimonic well-being(苦労や努力から培われる幸福)であります。

筆者は、東京マインドフルネスセンターでいつも皆さんに“幸福脳を作ろう”と言っています。この“幸福”はここに示したユーダイモニック・ウェルビーイングであります。その気になって一生懸命マインドフルネスに励めば、きっとあなたもA夫人のようになることが出来ると思います。

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