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[ 座 談 会 ] 軽症うつ病

軽症うつ病の診断と治療

 


疾患概念と診断基準の推移


坪井 私の臨床的なベースは内科です。内科の医局に入局して,「自律神経研究班」に属した関係で,心理的な状態をみながら身体的な疾患をみていこうという立場でやってまいりました。

Disease から disorder へ

坪井 最初にみたのは抑うつ状態の患者だったのですが,非常に強く思ったのは,どこからどこまでが病気でどこからが正常なのかというところがよくわからないということでした。それでも治療しなければならない立場でしたので抗うつ薬のスルピリドや抗不安薬を使ったりしていくと,患者はずいぶんよくなることを経験しました。そのうちにDSM-V(精神障害の診断と統計の手引き;第3版)やV-R,あるいはICD-10(国際疾病分類)が世に出るようになって,それを見ると病気という概念を外して disorder(障害)という概念でとらえようということが書いてあって,なるほどと思うところがありました。

 それ以前から,うつ病というよりは「抑うつ症候群」といったほうがいいのではないかということがいわれており,障害としてとらえられるようになりました。そのなかには,病気としてのうつ病もあれば,そうではなくて反応性の抑うつ状態もあるだろうということです。DSM-V-Rでは名前も変わり,affective disorder(感情障害),最近では mood disorder(気分障害)ということになってきて,「〜病」とはいっていません。内因性のうつ病と反応性のうつ病は以前から分類はありましたが,さらに少し詳しく「不適応」というのもあるなど,私たち内科でみている者としては,やっと概念が整理されて,使いやすくなったように感じています。

久保木 従来は masked,最近は mildといっているsub-Clinical, incomplete や hidden という抑うつ状態が以前からあって,affective disorder や mood disorder ということで軽めのうつの人が増えています。ただそうはいいながらも,基本的には従来いわれていた内因性のうつ,あるいは何らかの生物学的なベースを考えた病気としての disorder だろうと思います。その辺りは,あとでお話しいただければと思います。 まず,貝谷先生に,精神科医の立場から,軽めのうつに関して日ごろ治療に携わって感じていらっしゃる印象をお話しいただきたいと思います。

うつの進行状況と回復過程

貝谷 私は精神科の医者になって33年目ですが,現在は,クリニックで入院の必要のない軽症の患者を診察しています。

 今から十数年前,ある小さな地方会で「妄想型うつ病」について話したことがあります。その際,日本のうつ病の大家といわれる先生に,「うつ病は精神病だよ。それは当たり前のことだよ」といわれて驚いたことがあります。すでに当時は,うつ病というのは精神病ではないという考え方で,口には出さなくても当たり前のような気がしていたのですが,古くからの精神科の医師は,三大精神病として精神分裂病,うつ病,癲癇と大きく分けて考えてきたようなので,そのような点で精神病という意味合いを強く持っておられたのだろうと思うのです。

 うつ病の症状を考えてみたときに,軽い状態のときは,だれにでもあるような無関心,興味の低下とかやる気がないという精神症状と,そこに身体症状が先に来る人もあると思います。徐々に進んでいくと,いわゆるうつ病の抑うつや悲哀感というものが出てきます。さらに進んで妄想,そしてすべてがない虚無という状態になるのだと思います。だいたい悲哀感が出るところくらいで回復される患者が大部分だと思います。この回復の過程も,症状がいちばん強い時は抑うつ気分が強いのですが,最終的に治りかけてきたときにはやる気がないという状態にまた戻ってきます。それが,いわゆる「おっくうさ」で,これが治癒の最終段階のいちばん難しい症状であったりします。そのような意味で発症から治癒が循環しています。そして,われわれ精神科医が扱う妄想などという,いちばん核心のところまで進むものはほとんど1割にも満たず,もっと表層のところで回っていくうつ病の患者が大部分ではないかという気がします。

久保木富房 氏
Tomifusa Kuboki

 

分裂病との混同と整理

久保木 DSM-WやICD-10という新しい診断基準が出ていますが,診断基準の歴史的な流れ,うつ病に対する考え方,それから先生の立場で軽症うつ病についての考えについてお話しいただきたいと思います。

田島 私は大学病院の外来と病棟,それから民間の大きな精神病院でずっと診療をしてきました。

 私がうつ病に興味を持つきっかけになったのは,1つはすでに60年代にカテコラミン仮説やインドールアミン仮説が出ていて,生物学的なベースがいわれていたということと,臨床の場では,精神療法的な接近も大事ですが,薬物療法に反応して治る患者をかなり経験し,薬が非常に効いたという印象が素朴に励みになったためです。そのようなことで,特にうつ病のカテコラミン仮説に興味を持って,研究した時期がありました。

 1970年代には診断基準がありませんでした。当時,イギリスではうつ病の診断が非常に多く,幻聴や妄想があっても広くうつ病ととらえていました。アメリカでは逆に,分裂病というものをかなり広くとらえて,DSM-Uでは分裂病反応という診断名さえありました。これがアングロ・アメリカン・ディファレンスということで大きな問題になり,実際に両者に疫学的に差があるのかどうかということについて世界中で調査が行われました。それが分裂病のパイロットスタディとなったのですが,その結果,基本的には診断基準の問題であるということが判明したわけです。

 私自身も研究をするときにいちばん困ったのが,何をもってうつ病,分裂病というのか,診断基準がはっきりしないということでした。当初は,ワシントン大学のグループのRDCという研究用の診断基準を使っていましたが,これはDSMのプロトタイプになったものです。

「内因性」を中心とする見方

田島 その当時,臨床の場面でうつ病の診断は,クレペリン以来の操うつ病の基準に則って単極,双極の別ということがいわれており,その中で反応性、内因性,神経症性というように分けていました。ケースカンファランスなどでも,うつの患者には,まずは内因性か反応性か,心因性,神経症性という区別をします。ところが心因のないうつの患者はいないし,どの患者でも何かのストレス因はあります。

 薬物の反応性などをみて,いわゆる妄意,妄想のあるようなうつ病でなくても,うつ病はかなり生物学的なベースが強いのかなと思っていました。

 あるエピソードとして重症のうつ病で入院してきたインド人の患者がいました。妄想などはないのですが,非常にストーリーがあります。人種が違うことをはじめ,日本で非常に苦労をしたという心因や,環境因が非常にはっきりしているので,カンファランスでは,内因性のものではなく,反応性のうつ病であるので,むしろ精神療法をしっかりやれとか,あるいは会社を辞めさせるしかないという意見が出ました。結局この患者は,抗うつ薬をきっちり使ってみたところきれいに治ったのです。治ってみれば当人は,いろいろ言っていたことも気にしなくなりました。

 そのようなことがあって,私自身はかなり初期から,笠原先生(元藤田保健衛生大)がいうような「内因性非精神病性うつ病」という考え方に共鳴していて,神経症性や反応性だといわれる患者についても,あまり立ち入った精神療法などはせずに,薬を中心にした治療をしています。

軽症から重症まで連続した1つの疾患

田島 そんな時期にDSMが出ました。操作的な診断基準については今でもいろいろな意見がありますが,非常な進歩であったことは間違いないと思います。DSMは病因論的な教え方はしないということになっているのですが,たとえばPTSD(外傷後ストレス障害)など明らかに原因をつけた診断もあるので,矛盾があるわけです。ワシントングループ以来の診断基準と最近の傾向をみると,うつ病はサブクリニカルなものから,それぞれ異なった疾患であるのか,あるいは連続している表現型の違いなのかということが議論されています。単一疾患仮説という,サブクリニカルなものから重いものまでは連続しているのではないかという考えが主流のようです。これにはもちろん反論もあるのですが,長期間にわたって1人のケースをみていった私自身の経験でも,あるときは軽症のうつ病,あるときは重症のうつ病,またあるときは全般性不安障害という形で,同一ケースでいろいろな症状を示すので,うつに関しては,根っこの部分ではかなり共通しているのかなと思います。

 実は今日,坪井先生の厚生省班研究の『軽症うつ病の5年予後』という報告書を拝見しましたが,それに関連して宮岡先生(北里大精神科)が「軽症うつ病はけっして軽症ではない」といっていることが非常に興味深く思われました。われわれがみている患者は一見軽症にみえても,かなり重症の人も多い。報告書のデータによると,軽快した人は75%くらいで,躁転した人が8%,再燃が24%あり,操転している例もあるということをみると,むしろ単一説のほうに肩入れしたくなります。

 そのような意味では,DSM-XとICD-10が改定されてくる中で,いくら操作的とはいっても,病因論的な考えがないと臨床の現場では役に立たないのではないかと感じています。

久保木 確かにそれがストレスなのかどうかはわかりませんが,笠原先生は「心理的疲労」といっていますね。そのような心理的な問題と内因性の生物学的な問題があると思います。

 それから,診断基準を操作的に作ることで横断的にそこだけで評価するのではなく,経過をみていかないといけない。うつの場合はスパンが長く,その間,フェーズが再燃することもあるので,そのような意味で,軽症か軽症ではないかという難しい問題もあるのだと思います。

 今日のわれわれの目的は,専門の精神科以外に受診している患者,あるいは hidden のように,まだ sub-Clinical で受診していないような患者がいる可能性があるので,そのような人たちに,病気なのだ,disorder なのだとはっきりと理解してもらうことだと思います。さらに,早く診断をつけることが,患者のQOLと予後をよくするのではないかと思います。薬物も少しずつ進歩してきているので,昔だと熟練工でないと治せないような病気ですが,いまではしっかりと診断すれば打つ手もあるのではないかと感じています。

診断のこつとポイント
薬物療法に関して
生活指導について
再発予防をめざして

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