フクロウblog | ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)前編 ~アクセプタンス~

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ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)前編 ~アクセプタンス~

赤坂クリニック心理士の杉山です。今回は、ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー:アクトと読みます)についてお伝えしたいと思います。

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みなさんは「こうなってしまったらどうしよう!きっととんでもないことが起こるに違いない」という心配が頭から離れなかったり、「また○○してしまった…どうしてやってしまったんだろう。きっとこう思われたに違いない」と過去のことをクヨクヨ思い悩んでしまったりしたことはありませんか?

そして、そんな考えや気持ちについて考えることでさらに不安感や憂うつ感が強くなり、そんな不安感や憂うつな考えや気持ちさえなくなれば…と思ったことはないでしょうか?

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ACTは新世代の認知行動療法の一つであり、こういった「言葉(考え)へのとらわれ」に対して大変効果があるセラピーの一種です。「新世代」と言っても、『これまでの認知行動療法に代わるより優れた新しい世代!』という意味ではありません!これまでの認知行動療法を基盤にしながら、今までにない工夫も加えて取り扱える範囲を拡大した心理療法です。

ですから、従来の認知行動療法と同じように私たちの心は行動に現れると考え、その行動を記録し分析し如何に変容していくか、という点に注目している点は変わりません。しかしACTでは、目に見える行動だけではなく私たちの考えや気持ちも行動であるととらえます。痛みや違和感などの身体のさまざまな症状、どうしてもしてしまう直したい行動、それに伴うコントロールできない考えや嫌な気持ち、そうした私たちが抱えているいろいろな苦痛を変えたり減らしたり消したりするのではなく、そうした苦痛とともにいかに生きていくのかを考えることがセラピーの主な目的です。

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たとえば、皆さんは「底なし沼」にはまったらどうしますか?

多くの人は「底なし沼」にはまってしまったことに驚き、焦り、沈んでいくことを恐れ、沼から逃れようとじたばたともがくと思います。しかし、その結果どんなことが起きるでしょうか?沼から逃れようと片方の足を上げると、もう片方の足に2倍の力がかかってしまい、もがけばもがくほどずぶずぶと沼に沈んでいってしまうことでしょう。

実はこれと同じようなことが、私たちと苦痛との関係でおこっていることがとても多くあります。つまり、憂うつ感から逃れようと思えば思うほど余計に憂うつになってしまったり、不安な気持ちをなくそうといろいろな方法を試してみればみるほど不安になってしまったり、怖いものを克服しようと自分に言い聞かせれば言い聞かせるほど余計に怖く感じてしまったり…。それでは、いったいどうしたらいいのでしょうか?

ACTでは、アクセプタンスという考え方を皆さんにお伝えしています。日本語に直訳すると、「受容」とか「受け入れる」とか、そういった意味合いになります。しかし、これは苦痛を我慢したり妥協したり諦めるというようなことでは決してありません。そのような悲しい、暗い、敗北的なものとは全く正反対の意味を持っています。ここで、先程の「底なし沼」の例に戻って考えてみましょう。もしも「底なし沼」の性質を少し知っている人がいたならば、沼との接触面積がなるべく多くなるように沼に向かって大の字に寝るようにアドバイスすることでしょう。沼から抜け出そうとしている人にとって、沼にもたれかかりべったりとくっつくというのは非常に恐ろしくとても賢い方法とは思えないかもしれません。しかし、そうすることで沼に浮かび上がり、丸太のように転がり沼から抜けることができます。

これと同じことが私たちと苦痛との間に起こっているわけです。苦痛を感じたらそこから逃れたいと思うのは当然のことでしょう。嫌な考えやあふれる感情をコントロールしたいと感じるのも誰しもが共通して願う事だと思います。しかし、そうした苦痛から逃げ出そうとしたり苦痛をコントロールしようとした結果、何が起こっているでしょうか?その苦痛がさらに増してはいないでしょうか?

アクセプタンスとは、そのような苦痛との戦いを手放すための一つの方法で、「今、この瞬間」の自分の体験を積極的に受け止め、それをしっかりと抱きしめて生きていくことです。少し大げさに言うと、苦痛を避けたり消し去ったりしようとするのを一旦止め、そこに苦痛があるということを認めてその苦痛が一体どんなものなのかをよくよく観察し、むしろその苦痛をじっくりと味わってみる(どんな身体感覚があるか、どんな考えが湧いてくるのか、そしてそれがどんなふうに変化するのかなど)ということです。

私たち人間は言語を使うことができるので、何か問題が起こったときにはどのようにして解決するのかを自然と考えてしまうものです。そしてそれは、外界の出来事に対してであれば、非常に優れた能力として力を発揮します。たとえば、将来に向けて計画を立てたり、交通事故にあわないように共通のルールを作ったり、教科書やマニュアルを読むだけで物事の仕組みを理解することができたり。しかし、私たちの内的な体験に対しても同じ方略をとろうとするとうまくいかなくなってしまいます。なぜならば、私たちの内的な体験というのは外的な出来事とは非常に異なるもので、一つの時間軸の中に一つの方向に向かって存在するものなので、単純に取り除いたり変えたりすることができないものだからです。簡単に言うと、一度経験した記憶を意図的にきれいさっぱり消し去ったり、スイッチを押すように喜怒哀楽を切り替えたりすることはそもそも不可能なことだということです。ですから、憂うつな気持ちや不安な考えと直面したときに「なんとかしなければ!」と思うのは当然のことなのですが、そのように考えることはさらなる悪循環を招いてしまうばかりで、残念ながらあまり上手い解決方法とはいえないのです…。そこで、思い切って底なし沼に身を預けてみるように、その苦痛に注意を向けながらも何もせずに「そのままにしておく」ということが、意外にも大変有効な手立てなのです。

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次回はACTのもう一つ大切な要素である、「コミットメント」について説明したいと思います。お楽しみに♪