フクロウblog | Yさんと「幸か不幸か」 (ケセラセラ vol.86 秋)

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Yさんと「幸か不幸か」 (ケセラセラ vol.86 秋)


医療法人和楽会 なごやメンタルクリニック 院長 原井 宏明

 

今では手洗いや確認、こだわりの患者さんばかり見ている私ですが、最初からそうだったわけではありません。1986年、佐賀県にある国立肥前療養所に就職したとき、私が担当していた患者さんは統合失調症やアルコール依存症、うつ病、てんかんなどでした。その中に忘れられない患者さんが1人います。

急速交代型双極性障害(躁うつ病)

Yさんに初めて会ったのは躁状態を起こして4回目の入院が必要になった1987年の秋でした。私は27歳、彼女は22歳でした。直毛をボブにした4人姉弟の長女で、両親は福岡県星野村で製茶業を営んでいました。病気の自覚はあり、通院や服薬も指示通りにしてくれます。しかし、いろいろ薬を変えても躁うつの波は止まらず、1年間に4回入院したこともありました。早朝覚醒や気分の高揚-上がったときには日記に「みなさん、ありがとう」を十数行にわたって書き続けるような人でした-に気づいて薬を増やしても間に合いませんでした。星野村から病院までは車で2時間ほどかかり、毎週受診させるのも大変です。私は行動療法の技法の一つ、セルフモニタリングを使ってみることにしました。

 

セルフモニタリング

これは患者さんが自分で自分の症状を日記に毎日決まった形で記録し、その変化に応じて治療を変えたりすることです。症状の変化を経時的に追えるので診断や治療効果の判定にも使えます。睡眠時間や外出した時間、症状の自己評価を日記に記録してもらうのが一般的です。双極性障害の場合は気分の変化が症状ですから、気分を点数で評価してもらうようにします。通常の状態が0、極度の躁状態はプラス100、極度のうつ状態をマイナス100として点数を毎日つけていきます。こうして記録をつけていくと本格的な躁状態になる数日前から睡眠時間の短縮とイライラが見られることがわかりました。睡眠時間と気分の変動に本人が自分で気づくようになってから、今度はそういう状態が始まったら薬を自分で増やしてもらうようにしました。わざわざ病院まで来なくても自分で薬を調整できるわけです。

結果的に入院回数が減り、1993年からは躁状態による入院はなくなりました。薬だけではなかなかコントロールできなかった入院を減らせたのが嬉しく、Yさんの許可を得て論文にもしました。(原井 1997)。

 

その後のYさん、そして再会

1998年私の退職後、季節の挨拶状をやり取りしていました。手紙には星野茶の売れ行きが芳しく無く家業を廃業したことや妹や弟が結婚し家から出て行ったこと、Yさんが可愛がっていた姪や甥が大きくなったこと、1人は結婚したこと、そして新薬の治験にエントリーしたけれど不調になり途中でやめたことなどが書かれていました。 一方、躁病による入院はなく、これは私にとっては安心材料でした。

2016年夏、いつものように暑中見舞いを頂きました。たまたま7月末の土曜日に福岡での研究会が予定されてました。日曜日は佐賀大学に通う娘の車でドライブすることにしました。ふと思いついて、行き先を星野村にしました。初心者ドライブにはちょうどいい距離です。そして星野村はYさんの住むところでした。そのことにふと気づいた私はYさんに会いたくなり、電話をかけたのです。

Yさんは元気にしていました。髪型は昔と同じでした。セルフモニタリングは今も続けていました。毎月の受診は「変わりありません」「ではお薬」で終わっていると言います。朝、草刈りで汗を流したばかりだと言うお父様も昔と変わらず元気そ うでした。しかし、80歳の年齢は隠せません。可愛がっていた甥や姪は家に立ち寄らなくなっていました。Yさんは私と娘を歓迎してくれたのですが、同時に寂しそうでもありました。人口減少が著しい山村で老親と三人暮らしをすることは楽しいばかりではなさそうです。

「幸か不幸か」

今回の再会のことを表に出してもよいかどうかを尋ねる手紙をYさんに送りました。数日後、返事がきました。

 

私は先生をはじめとしてスタッフの方に良くしていただきました。もし、病気になっていなかったなら、肥前には来ていないし、先生にもお会いしていません。傲慢で何もわからない人間になっていたんじゃないかと思います。

先生が以前に私に「あなたは、幸か不幸か、病気になったわけだから」とおっしゃいました。本当に幸か不幸かと思います。心の持ち方で決まるのではないかと思います。

私が書いた感想文は公開されてかまいません。

私も先生と同じで病気で悩む方に役立てれば良いと思います。

 

20年以上前のことです。私が本当にそう言ったかどうかを私は覚えていません。でもYさんの記憶の中ではそれが本当だし、そして今の私にはっきりしていることは私も幸運に恵まれたということです。30年前にYさんに会えたことは幸運でした。それに30年たってから気づくことができました。Yさん、ありがとう。

 

文献

原井宏明・(1997)・ 急速交代型双極性障害に対するセルフモニタリングと薬物自己投与による躁病再発予防の試み・精神医学(0488 – 1281)