平成12年11月に全国47都道府県の20代から60代の男女それぞれ400人に対して合計4,000人の健康調査が行われました。筆者はパニック障害に関する部分を担当しました。その結果、パニック障害の患者であると考えられる人は135人いました。これは100人の人がいるとその中の3.4人が現在または過去にパニック障害に罹患している/したという計算になります。パニック障害の経験がある人の割合を男女別で見ますと、女性は100人に5.1人、男性は100人に1.7人で、女性は男性の3倍パニック障害が多いということになります。年代別に見ますと女性では30代(6.2%)、20代(5.7%)、60代(5.1%)の順で、男性では30代(2.3%)、40代(2.2%)、20代(1.8%)の順でした。広場恐怖を示す人はパニック障害よりはるかに多く、100人に22.1人でした。5人に一人は広場恐怖があるという計算になります。男女別で見ると女性は100人に25.4人で、男性の100人に18.7人より多い結果が出ました。広場恐怖の対象に関しては、トンネル、エレベーター、橋などの狭いところを恐れる人が8.0%でもっとも多く、すぐにトイレに行けない状況を恐れる人が6.8%、自動車の運転、特に高速道路や渋滞を恐れる人は5.3%、電車、バス、地下鉄、航空機などの公共交通機関を恐れる人が4.9%、美容院、理髪店、歯医者、会議、行列に並ぶといった精神的な束縛状況を恐れる人は4.4%でした。広場恐怖の人の数はパニック障害の人の6倍以上という計算になります。病気になった人を初めてみる医者の立場からすると、広場恐怖はパニック発作が生じてその結果起こるものだと解釈しやすいですが、このような客観的なデーターからすると、どうもそうではなく、もともと広場恐怖の傾向があり、その上にパニック障害が発症することもあると考えた方が適切かもしれません。さて、この調査でもう一つ大変興味深いことがわかりました。高度な統計的手法を使って、パニック障害の発症に関連のある項目を検討したのです。その結果、女性では「運動をしないこと」と「ストレスに対処が下手なこと」でした。一方、男性では、「年間温度差の激しい地域」でのパニック障害の頻度が高いことがわかりました。筆者が以前クリニックの患者さん500人以上について調べた調査では、気温が上昇する時期(5,6,7月)にパニック発作の発症が一番多いことがわかっていますから、パニック障害の発症は温度が関係する可能性があるのでしょう。

 世界の国々と比べて日本のパニック障害の頻度はどのようになっているのでしょうか? 表1に各国のパニック障害の頻度を研究した結果を示します。この表の結果で、興味のあることは、韓国や台湾では都市部周辺の地方での頻度が最も高いことです。全体的に見ると北米大陸、ヨーロッパ、アジアの順に頻度が高いといえます。今までに報告された最も高いパニック障害の頻度は、米国のサン・アントニオにおける1,306名の成人に直接インタービューして得られた3.8%です。今回の日本においてだされた3.4%はこの値に迫るものです。もちろんこのような調査の結果は調査方法など種々な要素が大きく結果を左右することは念頭に置いておく必要があります。もう少し新しい別の研究(Weissman et al, 1997)では、カナダ/エドモントン 1.4%、イタリア/フローレンス 2.9%、台湾 0.4%でした。
 このようなデーターを眺めていると、パニック障害の発症は文明の進歩、すなわち近代化とともに増加するのではないかという考え方が浮かび上がります。このような仮説をもとにして、パニック障害が増加する要因を考えてみましょう。日本の人口は、明治33年に43,847千人、昭和25年に84,115千人、そして平成12年では126,919千人です。明治時代に比べると、日本の領土はむしろ減っていますから、人口密度は3倍以上になっていると考えることが出来ます。さらに、1989年の『厚生白書』は1985年現在で都市に住む世帯は全世帯の8割を占めていることを報じています。すなわち、人口の都市への集中が急激に進んでいる現在、実質的な人口密度は明治時代の10倍に達していると考えられます。近代化は、時間距離をパラメーターとして年次比較するとよく理解できます。江戸から京まで東海道、約500kmを普通の脚で歩くと14日間かかったといわれています。東京−大阪間なら15日と考えられます。大正元年に東京−下関間にはじめて急行が走りました。その時の東京−大阪間の所要時間は11時間54分でした。約12時間と見積もりますと、世の中が30倍も早く動くようになったと考えることが出来ます。さらに、昭和33年特急「こだま」が6時間30分で東京−大阪間を走りました。そして、ついに、昭和39年から新幹線「ひかり」が東京−大阪間3時間で走るようになりました。江戸時代に比べると現在は120倍の早さで世の中がまわっていることになります。近代化の別のパラメーターは情報量です。年間の書籍発行部数で比較すると、昭和63年には13億3969万部でしたが、平成10年には15億7354万部となり、10年間で17%も増加しています。さらにここ数年間のITの普及−とりわけ、インターネットと携帯電話−はさらに情報化を飛躍的に発展させています。現代人は、情報の洪水の中に生きていると言われています。現代は、過密社会であり、その社会の機能する速度は江戸時代の120倍に達し、さらに過剰な情報が渦まく環境にあります。このような過密、高速、過刺激社会に生きると言うことは、とりもなおさずストレスのるつぼに生きると言うことを意味しています。過ストレス以外にも現代社会はパニック障害の発症を促進する環境や生活の変化が多数見受けられます。

 パニック障害の発症は気温の上昇と関係があることは前に述べました。地球温暖化の影響もパニック障害の発症頻度を高めている可能性があります。地球全体のこの100年間の気温は、1920年〜1940年は上昇、 1940年〜1965年は下降、1965年以降は上昇しており、100年間を全体的に眺めてみると確実に温暖化しています。最近の人は昔の人に比べてからだを使わないという事実がいろいろなかたちで出されています。近年の児童生徒は、日常生活における身体活動の機会や場の減少などに伴い、基礎的な体力や運動能力が長期的に低下する傾向にあることが指摘されています。文部省「スポーツテスト」の結果を見ると、昭和40〜50年ごろには向上傾向にあった児童生徒の体力・運動能力は、50〜60年ごろには停滞傾向が続き、それ以後は、程度の差はあるがほとんどの学年で低下傾向を示しています。なお、平成9年10月に実施した総理府「体力・スポーツに関する世論調査」によると、今の子どもは運動不足になっていると考える人の割合は74.2%となっており、昭和57年の57.7%と比べると17ポイントも増加しています。その理由として、「テレビを見たり、ゲームをする時間などが多く、外で遊ばなくなった」、「勉強・塾などに忙しくて時間がない」との回答が多くなっていました。最近の人が運動をしないという事実の裏返しとして電力消費量の増加が挙げられます。1世帯あたりの年間電力消費量を見ますと、昭和40年には1000kwhであったのが、30年後の平成7年にはその3.5倍の3500kwhに増加しています。そのうち照明に使用する電力はこの15年で30%以上増加しています。これはとりもなおさず、深夜まで起きている人が多いという最近の風潮も一つの要素となっています。これまでにも繰り返し述べてきましたが、昼夜逆転はパニック障害の療養にはよくなく、それ自身が脳内時計を狂わせパニック障害の発症の引き金になる可能性が強いのです。このようにわれわれが住む現代社会は、パニック障害の発症を容易にする要素があふれているといってよいでしょう。最後に筆者の独断的思考を述べれば、社会構造の変化も人間の精神に適度の緊張感を与えることが出来なくなってしまって、パニック障害の発症を容易にしていると考えられます。縦割り社会から横並び社会になり、先生、師匠、先輩の存在感が薄くなり、人間の心を規制する状況が少なくなり、心の鍛錬が不十分になっていることも筆者は大きな問題と考えています。表にここまで述べたパニック障害を増加させると考えられる要因をまとめます。パニック障害の少ない社会にするということは少なくとも、過ぎ去った時代のよいところをもう一度取り戻し、「自然に帰る」生活を重視することが大切であると思われます。
医療法人 和楽会 理事長 貝谷 久宣
ケ セラ セラ<こころの季刊誌> VOL.28 2002 SPRING