I.はじめに

 恐慌性障害の患者には空間恐怖、大うつ病、あるいはアルコール依存といった恐慌性障害の関連障害が合併することや、その親族に同様の障害が認められることが知られている1〜4)。また、恐慌性障害の発症とライフ・イベントとの関係についてもいくつかの研究がなされている5〜9)。Hopperら10)の報告によると、恐慌性障害の発症において、親から子孫への垂直伝達の遺伝負因以外に、家族内の共通した環境要因の影響が存在する可能性があり、水平伝達と垂直伝達の両者に家族歴のある場合には、遺伝負因および共通の環境要因の影響を最も受けることが示唆されている。今回、その論文の方法に基づき、恐慌性障害の発症における遺伝負因および環境要因の影響について検討する目的で、恐慌性障害の発端者(遺伝的疾病について家系調査を行う場合に端緒となった患者)48例とその家族、さらに正常対照者について病歴、家族歴および症候学的な調査を試みた。

II.対象と方法

 対象は、最近3年6ヵ月の間に病院を初めて受診し、少なくとも6ヵ月以上通院している、DSM-III-Rの診断基準11)をみたす恐慌性障害の発端者48名である。発端者の初発平均年齢は36.6±12.5歳(14〜55歳)、性別は男性20名、女性28名であった。対照群は医療関係者ボランティア32名(男性12名、女性20名、平均年齢32.4±4.55歳)であった。

 病歴と家族歴については、著者らが独自に作成した質問紙を使用して、患者およびその家族に直接面接をし、可能な限り情報を得た。家族歴あり群の内訳は、恐慌性障害の患者の第2度親族内にDSM-III-Rの診断基準11)に一致する恐慌性障害、症状限定性発作(症状が3つ以下の発作)、大うつ病あるいはアルコール依存といった恐慌性障害の関連障害のいずれかが存在するものとした。Hopperら10)の論文の方法に基づき、同胞に負因がある場合を水平伝達、親子に負因がある場合を垂直伝達として区別した。

 環境的・心理的要因については、発症以前1年以内に発端者が体験したライフ・イベントを、八尋らにより開発されたストレスとストレス処理に関する質問紙 Stress & Stress-Coping Questionnaire (SSCQ)12)により評価した。さらに、一般に共通して心理的影響を受けやすいと思われる項目である離婚体験や、配偶者、近親者との死別体験、および15歳以前の両親からの離別体験の有無を調べた。離婚体験とは、患者がその配偶者と離縁したことのあるものを示す。死別体験とは、配偶者、近親者(第1度親族)、あるいは特別な関係の家族や友人の死に直面したことのあるものと定めた。15歳以前の離別体験とは、15歳以前に患者が両親の離婚か死別により、あるいは養子に出されて両親と別れて暮らしたことのあるものと定めた。

 薬物治療は、全例において最初 imipramine 30mg/日および alprazolam 1.2mg/日を用い、臨床効果や副作用を勘案しながら随時増減した。効果が十分に得られない場合は、 imipramine 90mg/日および alprazolam 2.4mg/日を最大投与量とした。薬物治療反応については、治療開始後3ヵ月における各症状(回避行動、予期不安、空間恐怖、うつ病など)の改善度を5段階(5;著明改善:症状が完全またはほぼ完全に消失、4;中等度改善:症状がかなり軽減、3;軽度改善:症状がやや軽減、2;不変:症状が全く軽減せず、1;悪化:かえって症状が悪化)で評価し、さらに発作頻度の消失率をO〜5の範囲で表示し、各々の平均値で示した。
 恐慌性障害の臨床的各群における症候学的な特徴について統計学的に検討した。統計学的処理にはx2検定、Wilcoxon t-testを用いた。

III.結果

 恐慌性障害の発端者48名のうち、その第2度親族内に恐慌性障害、症状限定性発作、大うつ病あるいはアルコール依存といった恐慌性障害の関連障害が発症した者は20名(41.7%)であった。そのうち、第1度親族に家族歴が存在したのは16名(33.3%)であった。また、第1度親族に恐慌性障害のみの家族歴を有する者は9名(18.8%)であった。同胞に家族負因がある水平伝達の患者は6名(12.5%)、親子に負因がある垂直伝達の患者は6名(12.5%)、両方に負因がある患者は8名(16.7%)であった(表1)。
 恐慌性障害の患者群は正常対照群に比し、家族歴、死別体験および15歳以前の離別体験が有意に多く認められた(表2)。
 恐慌性障害の家族歴のある患者群は家族歴のない患者群に比し、ライフ・イベントと死別体験および15歳以前の離別体験が有意に多いという結果が得られた。また、家族歴のある群は家族歴のない群に比し、症候学的に重症度が高く、薬物治療反応は有意に不良であった(表3)。
 家族歴のある群の中でも水平伝達の家族歴のある群は、垂直伝達の患者群に比し、ライフ・イベントが有意に多いにもかかわらず、薬物治療反応は有意に良好であった(表4)。
 垂直伝達+水平伝達の家族歴のある恐慌性障害の患者群は、家族歴のない患者群に比し、ライフ・イベントと死別体験を有する頻度が有意に高かった(表5)。また、家族に2人以上の家族歴がある群、つまり家族集積性の高い患者群は家族歴のない群に比し、症候学的に有意に重症度が高く、ライフ・イベントおよび死別体験を伴うことが有意に多かった。さらに前者は後者に比し、15歳以前の離別体験が多い傾向にあり、また、薬物治療反応は有意に不良であった。
 臨床的各群において、薬物治療反応評価時の薬物服用量、あるいは調査期間中の最終服用量、および服用期間に有意な違いは認められなかった。

IV.考察

 本研究では恐慌性障害、症状限定性発作、大うつ病あるいはアルコール依存といった障害を、恐慌性障害の関連障害として一括して、その遺伝歴を調べた。その結果、恐慌性障害の発端者48名の第2度親族内に恐慌性障害の関連障害が発症した者は20名(41.7%)であった。第1度親族に限ると、関連障害の発症は16名(33.3%)であった。また、第1度親族に恐慌性障害のみの家族歴を有する者は9名(18.8%)であった。同胞に家族負因がある水平伝達の患者は6名(12.5%)、親子に負因がある垂直伝達の患者は6名(12.5%)、両方に負因がある患者は8名(16.7%)であった。

 恐慌性障害の家系研究をまとめた報告1)によると、第1度親族の発病危険率は18%であった。また、恐慌性障害の発端者の家族に1名以上の恐慌性障害の患者が存在する率は59%であった。つまり、恐慌性障害の半数以上の者に家族歴があり、その家族内の約5人に1人が同病にかかっていることになる。さらに、一卵性双生児の研究2)からも、恐慌性障害は遺伝負因が強いことが指摘されている。これらの結果から、恐慌性障害は精神障害の中で最も家族負因が強い疾患の一つであることが示唆されている。

 恐慌性障害の患者群は正常対照群に比し、家族歴、死別体験および15歳以前の離別体験が有意に多く認められた。Faravelliら5)の研究によると、恐慌発作を伴う空間恐怖の患者群は対照群に比し、4〜15歳の間に母との離別体験や両親の離婚が有意に多い。このことから、本障害の発症においては遺伝負因以外に環境因子の影響を受けている可能性が推測される。1,018組の女性双生児において、17歳前の親との離別が成人になって発症する精神障害と関係があるかどうか調べた研究6)では、恐慌性障害や恐怖症の発症には両親との死別が、さらに恐慌性障害では母との生き別れも有意に関係していた。一方、うつ病や全般性不安障害は、死別よりも両親どちらか一方との生き別れが関係していた。また、ベトナム戦争当時服務していた軍人と文官820万人中から参戦軍人1,632人、非参戦軍人716人、文官668人を対象として11〜24年後に精神医学的検査7)を行った結果では、参戦兵士の中でも高度戦闘ストレス曝露群、すなわち激しい戦闘、暴力的虐待、略奪、生存意欲の喪失を体験した人たちでは、他の群に比し、恐慌性障害の発症頻度が有意に高かった。これらの報告は、恐慌性障害の発症に環境が重要な役割を演じていることを示唆している。また、他の研究8・9)でも、恐慌性障害と全般性不安障害を比較すると、両障害で親との離別体験が高頻度に存在しているが、恐慌性障害では幼少期の著しい逆境とうつ病の既往が有意に多いことが示された。これらのことから、恐慌性障害の発症には、単なる離別体験よりも、死に直面する体験や自己の生命を脅かすような体験が深く関与していると考えられる。

 本研究では、恐慌性障害の家族歴のある患者群は家族歴のない患者群に比し、ライフ・イベントおよび死別体験を伴うことが有意に多く、さらに15歳以前の離別体験が多いという結果が得られた。このことから、家族歴のある患者群は恐慌性障害の発症に際し、遺伝学的要因が関与する一方、ライフ・イベントや死別体験に対して心理的・情緒的要因の影響を受けやすいことが推測される。

 家族歴のある患者群は家族歴のない患者に比し、薬物治療反応は有意に不良であった。しかし、家族歴のある患者群の中で水平伝達の家族歴のある患者群は垂直伝達の患者群に比し、ライフ・イベントや死別体験および15歳以前の離別体験が多い傾向があるにもかかわらず、薬物治療反応は有意に良好であった。遺伝負因の伝播形式の違いによりその反応に違いが認められており、必ずしも家族歴のある者が薬物治療反応が悪いということではないと考えられる。本研究において同胞に家族歴のある患者群で薬物治療反応が有意に良好であった理由として、同胞間では環境的、素質的に類似している可能性があり、互いにそれらを自覚し、本障害について認識ができやすい状況であること、また、問題となっている症状について同胞間で情報の提供がなされやすく、治療的に援助しやすい関係にあることなどがあげられる。

 垂直伝達+水平伝達の家族歴のある恐慌性障害の患者群は家族歴のない患者群に比し、ライフ・イベントと死別体験を有することが有意であった。また、家族に2人以上の家族歴がある群、つまり家族集積性の高い患者群は家族歴のない群に比し、より重症で、ライフ・イベントおよび死別体験を伴うことが有意に多かった。これらのことから、家族集積性の高い恐慌性障害の患者群は、その発症に遺伝負因以外に環境因子も関与していることが推測される。Hopperら10)の報告によると、恐慌性障害の発症において親から子孫への垂直伝達の遺伝負因が考えられるが、さらに同胞間の共通した環境要因の影響も存在する可能性がある。それゆえ、水平伝達と垂直伝達の両方の家族歴がある場合には、遺伝負因と共通の環境要因を同時に受けることが示唆される。

 本研究の結果をまとめると、恐慌性障害が家族内集積性の高い疾病単位であることが示唆された。また、恐慌性障害の患者群は正常対照群に比し、発症以前にライフ・イベントや死別体験および15歳以前の離別体験が多く認められた。特にライフ・イベントと死別体験は、家族歴のある群で家族歴のない群に比し有意に多く存在した。また、家族歴のある患者群の中でも家族集積性の高い患者群ほど、ライフ・イベントと死別体験がより多く存在していた。これらのことから、恐慌性障害の発症には遺伝負因と環境要因の両因子が強く関与することが示唆された。
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上松 正幸*
貝谷 久宣**
高井 昭裕***

*羽島市民病院精神科(上松正幸:〒501-62岐阜県羽島市新生町3-246)
**なごやメンタルクリニック
***高山保健所
心身医学・35(4):282-286, 1995