〜SNRI〜 生活の質(QOL)を高める薬?
 一昨年2月、日本で初のSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)……デプロメール、ルボックス(一般名フルボキサミン)……と呼ばれる抗うつ薬が使用できるようになり、2年近くが過ぎました。平成12年11月17日、パキシルという本邦2番目のSSRIが発売されました。パキシルはパニック障害とうつ病が保険診療の適応症となり、パニック障害という病気を日本の医療において初めて公に認めさせた記念すべき薬です。これらSSRIで快復された患者さんは多いと思います。さらに、昨年は、SNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)……トレドミン(一般名 ミルナシプラン)……という抗うつ薬が出ました。SSRIは脳内セロトニンの働きを高めて主に気分の落ち込みを取り去り明るい前向きの気持ちを作ってくれます。一方、SNRIはセロトニンの働きを高めるだけでなく、やる気を出させる脳内物質ノルアドレナリンの作用も活発にします。SSRIの効果はゆっくりと出ますから、服薬している本人が元気になったと自分で自覚することは少なく、他人から表情がよくなったと指摘されたり、怖くて行けなかった場所に気がついたら行っていたということがしばしば見られます。他方、SNRIは効果発現が早く、服用後1週間以内に病状の改善をもたらすことが多いようです。ですから、患者さん自らが劇的によくなったことを語ってくれるケースがしばしばあります。このようなケースの具体例を見てみましょう。

 Aさんは30歳の理学療法士です。彼女は学生時代からうつが出始め、一時期パニック発作があり、軽い乗り物恐怖もありました。現在はパニック発作も外出・乗り物恐怖もありませんが、6年間以上も治療でももう一つすっきりしませんでした。SSRIと三環系抗うつ薬、そして抗不安薬をかなり大量に併用して飲むことで、激しいうつは何とかくい止められていましたが、しかし、朝の出勤が億劫で気力をふりしぼらなければ電車に乗れませんでした。病院の午後の仕事は、体のだるさと眠気がでて終業時間までがんばるのが精一杯でした。帰宅するとすぐベットに直行という生活を送っていました。もちろん、週末は洗濯、掃除など身の回りのことをするだけで終わっていました。Aさんは、SSRIと三環系抗うつ薬の処方を少し減らされSNRIが追加処方されました。一週間後には体が軽くなり、午後の眠気をほとんど感じなくなっていました。朝の出勤もかなりスムーズになり、仕事に出るのがさほど億劫ではなくなりました。一ヶ月後には、コンピューターを買い込み、アフター5の味気のない時間はインターネットを楽しむひとときに変わっていました。また、週末には友人を誘ってコンサートに行きました。久しぶりの弦楽四重奏の音色に陶酔したと診察室でそのうれしさを語ってくれました。SNRIはパニック性不安うつ病でよく見られる眠気、だるさ、過食傾向を取り去る効果があります。そして、行動的にしてくれます。

 62歳のパニック障害のBさんも来院して3年目にして、SNRI治療により行動的になり、娘の運転で長男の住む福島へ向かい、孫と一緒に裏磐梯に行き、『紅葉ってこんなに美しいのかと感動することを久しぶりに思い出した』と喜こんでくれました。

 以上の例より、パニック障害患者が外出する前に感じる胸がもやもやして何とも形容しがたい予期不安をSNRIがきれいさっぱりと取り去ってくれることがあると言えるようです。

 ここにあげたのはSNRIがよく効いたケースの一部ですが、もちろん、SNRIはよいことづくしではありません。よく効く薬はそれなりの副作用があります。SNRIの元気を出させる作用がよくない方向に出てしまって、いらいらしたり、不眠が生じることがあります。また、服薬直後に、吐き気、頭痛、めまいなどを感じる患者さんもいます。筆者のクリニックの調べでは、SNRIを服用した218名中59名(27%)がごく軽いものも含めて何らかの副作用を訴えました。副作用の多くは量を減らして徐々に効果が出る量までゆっくり増量すれば克服できるものです。

 一昨年、筆者が米国精神医学会に出席した時に、"不安・抑うつの臨床では、改善 improvement(初めて来院した時に比べよくなった)だけではなく、調子がよい状態 wellness(どこも悪いところはない)を目標にして治療をしなければならない"とさかんに言われていました。どこも調子が悪いところがなく、毎日の生活が楽しく有意義に送れるようになって初めて治ったと言うことができます。SNRIはこの目標に向かって治療する医師にとっては大きな武器になると考えられます。最近の文献によれば(Dubini A, et al: J Psychopharmacol 1997; 11:S17)、脳内のノルアドレナリン作用亢進は自分に関するマイナス思考を減じ、行動を起こす動機を促進させるとしています。このような作用のあるSNRIのような薬物は、当然、生活の質を高めることのできる薬の一つだと考えられます。
医療法人 和楽会 理事長 貝谷 久宣
ケ セラ セラ<こころの季刊誌> VOL.23 2001 WINTER