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病(やまい)と 詩(うた)【60】—アルツハイマー征服—(ケセラセラvol.106 大井玄)

東京大学名誉教授 大井玄

「人生百年」といわれる時代で、おそらく人生の後半に一番恐れられている状態は認知症だろう。
認知症患者は六十歳代後半には数パーセントだが、加齢とともに指数関数的に増加し、九十歳代には過半数を超える。特定の年齢階層の過半数が示す能力特性が「正常」だとするなら、九十歳代、百歳代では「認知症が正常」ということになる。認知能力・体力が生存競争に必要な能力であるなら、当然の現象と言えよう。

認知症の六割を占めるのがアルツハイマー型認知症である。これを病気と見なすか、それとも加齢に伴う老耄すなわち自然な認知機能の衰えと見なすかで、私たちの対応方針も大きく異なってくる。
もし病気と見なすなら、その予防と治療が医療者の目指すべき対応方針となるだろう。有効な薬の開発は、その中核的努力と言える。
反対に、加齢に伴う自然な衰えとすれば、認知症状態にある人ができるだけ自立した生活者として、幸せに暮らせるよう支援する社会的努力が大切になるだろう。

アルツハイマー病生成仮説とアデュカヌマブ
アルツハイマー型認知症高齢者の脳の病理学的特徴は、アミロイドβ蛋白(Aβ)からなる老人斑、神経細胞の微小管関連蛋白質であるタウ蛋白からなる神経原繊維変化、神経細胞の変性と脱落である。だが程度の差はいろいろあるものの、それは非認知症高齢者にも観られる変化でもある。
アミロイド仮説によれば、Aβがその前駆体たんぱく質であるamyloid precursor protein (APP)から切り出され、異常凝集してプラーク(老人斑)になり、神経細胞を障害するという。当初、不溶性のAβ繊維の沈着が神経毒性を発揮すると考えられていたが、近年、より毒性のつよい凝集体として可溶性オリゴマーが注目されている(オリゴマー仮説)。
Aβは最初は単体のモノマーだが、モノマー同士がくっつき合いダイマーになり、トリマー、テトラマーとオリゴマーになり、プロトフィブリル、フィブリルと大きくなっていきプラークになる。
アデュカヌマブはAβに対するモノクローナル抗体であり、オリゴマーからフィブリルの段階に主として作用し、ミクログリアによるAβ除去を助けるという。

アデュカヌバブのアルツハイマー型認知症進行抑制効果
米国の製薬会社バイオジェンと日本に本拠を置くエーザイ株式会社は、2019年10月22日、米国食品医薬品局(FDA)との協議に基づき、2030年の新薬承認を目指すとして、アデュカヌマブについて以下の知見を得たと発表した。
要約すると、アデュカヌバブの臨床第lll相試験(多施設共同、無作為化、二重盲検、プラセボ対照、並行群間比較、合計3,285人)において、高用量投与群(月1回1mg/kg)は、①用量依存的な脳内アミロイド沈着の減少(アミロイドPETスキャンによるイメージング)を示した。さらに、②78週でのベースラインからの認知症状悪化の抑制は、統計学的に有意(23%抑制、p=0.01:臨床認知症評価法The Clinical Dementia Rating-Some of Boxes、 CDR -SBによる)であった。
FDAはバイオジェンに対し、2030年までに同薬に臨床的有効性があるか否かを実証する試験の続行を、2021年6月、許可した。
 
効果判定についての疑問
以上の要約では判りにくいだろう。2020年2月20日の週刊新潮において里見清一はそのコラム「医の中の蛙」に「認知症新薬の光と影」という題でこの問題を取り上げている。彼は本名國頭英夫、東大医学部卒、国立がんセンターを経て現在日本赤十字社医療センター化学療法部長である。
彼の整理によれば、上記試験の対象は軽度認知障害(Mild Cognitive Impairment, MCI)である。それをイ)プラセボ群、ロ)低用量投与群、
ハ)高用量投与群に分け、一年半
にわたり アデュカヌマブを投与
した。
認知機能の指標は、CDR-SBという0~18点の認知機能スコア(0点が最もよい)で、治療前が平均2.5点だったのが1年半後にプラセボ群では1.74点悪化し、高用量群では1.34点の悪化で済んだ(その差1.74―1.34=0.4点)。「高用量群でプラセボ群と比べ認知機能の低下が22%(ママ)抑制されたそうだ」。そこに統計学的有意差(p=0.01)があるという。
里見は以下のような疑問を投げかけている。
アデュカヌマブは、「認知症の一歩手前」の「機能低下を防ぐ」予防薬である。正確には、「機能低下を遅らせる」のだから「不完全な予防薬」というべきだ。認知障害を治すわけではないので、有効中止はない。そして「効果がない」と判定を下すことも、事実上不可能である。なぜなら認知機能低下を「遅らせる」だけだから、使わずにいたらもっと悪くなっていたかも知れない。だとすれば、中止したらより速いスピードで悪くなるだろう。「発症を遅らせる」薬である以上、いつかは悪化してアルツハイマーに移行する。試験データを見る限り、3年も5年も遅らせることができるとは思えない(そもそも1年半までのデータしかない)。
さらに費用が掛かりすぎると指摘している。
開発コストも製造コストも高い。価格も「それに見合った」ものになる。1回あたり100万円とすると、月1回で1年半という臨床試験のスケジュール通りに使えば、その期間だけで1500万円を超す。厚労省によるとMCIは400万人、仮に5%が治療対象としても3兆円になる。

アメリカで寄せられた批判
FDAの外部諮問委員会では、当初一人を除き全委員がアデュカ
ヌマブの有効性を認めなかった。
2021年6月FDAが2030年までの臨床試験の続行を許可したことを受け、委員の一人ハーバード大学医学部内科教授のA. S.ケッセルハイムは、6月17日のニューヨークタイムズ紙(国際版)に以下のような批判を寄せた。
今回のアデュカヌマブの効果判定は、被験者の機能、感覚、生存などを指標とせず、「代理終点(surrogate endpoints)」つまり臨床的利益に結び付いていないかもしれぬ実験室的効果、に基づいている。バイオジェンがFDAに提出した資料には、患者の認知能力低下をくい止めるという説得性ある効果は認められない。FDAは、同薬が脳内アミロイド蛋白レベルを低くするという根拠で許可したが、それはアミロイドの脳内蓄積増加がアルツハイマー病を起こすという仮説に基づいている。それを支持する研究者もいるが、それに異論を唱える研究者もいる。薬で脳内アミロイドレベルを下げるのが認知能力低下を遅くするとは実証されていない。さらに高用量摂取群の三分の一が脳浮腫を示したことは諮問委員会メンバーの懸念である。
彼はFDAの決定に反対し、委員を辞任した。

筆者の目には
先ずケッセルハイム同様、被験者の認知機能、自覚症状、生存には明確な治療効果が認められていない点に注目する。効果は、脳内アミロイド沈着が高用量投与群において、プラセボ群よりも抑えられていたのを可視化したのである。しかし、第一に、アルツハイマー病が脳内アミロイド沈着の増加によっておこるという「アミロイド仮説」が正しくないとすれば、「代理終点」による効果判定は的外れになる。
修道女678人の脳の病理的所見とアルツハイマー病との関係を調べた「ナン・スタディ」は、それをつよく示唆する。
「ナン・スタディ」では、脳病理所見が神経原繊維変化の分布と程度によりステージIからVIまで進行するブラーク分類を採用した。痴呆症は、ステージI、IIでは22%、III、IVでは43%、V、VIにおいては70%だった。つまり、もっとも軽いI、IIでも二割は認知症であり、最重度のV、VIであっても三割は認知症ではなかった。脳病理所見が「直接的に認知症状を現す度合い」を示すとすれば、このようなことは起こらない。このスタディを報告した『100歳の美しい脳』で著者D.スノウドンは指摘する。「アルツハイマー病とは、ひとつのプロセスと呼んでもいいだろう – 何十年もかけて進んでいき、その間にいくつもの要因が関係する。病理だけでことを判断すると、いかに誤りやすいか」。
また第二に、認知能力の悪化は、高用量投与群ではプラセボ群よりも臨床認知症評価法(CDR-SOX)で23%抑えられ、それに統計学的な有意差(p=0.01)があったという。しかし実際に患者に接する臨床医に、認知機能評価がプラセボに比べ認知能力劣化を0.4点だけ遅くしていると評価するのは、不可能であろう。医師はその患者の容態を経時的に追跡しているが、患者の認知能力は悪化し続けるのである。里見が指摘したように、アデュカヌマブは「不完全な予防薬」であって「治療薬」ではない。
アデュカヌマブは、いまだに「非現実的期待」であると言えよう。

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